特集

超高齢化社会における歯科の役割
~口腔ケアによる誤嚥性肺炎の予防~ 堺平成病院・歯科科長 歯学博士 島谷 浩幸

 私が勤務する大阪の堺平成病院は障害者病棟60床等を含む全296床の病床を持ち、患者層は外来・入院ともに高齢者が中心です。私は病院内の歯科で約20年にわたり診療を行っており、現在は6人の歯科衛生士と協力しながら虫歯や歯周病治療、抜歯や義歯作製・調整などに加え、入院患者に対する口腔(こうくう)ケア等、口腔領域全般に対応しています。寝たきりで歯磨きを自分でできない患者や、誤嚥(ごえん)性肺炎の治療を受けている患者も少なくありません。

 今回は、一般的な誤嚥性肺炎等に対する解説から、当院歯科で行っている具体的な予防策や口腔ケアの取り組み等について述べていきたいと思います。

 ◇誤嚥性肺炎とは

 飲食物や唾液など口の中の固形物・液体は咽頭・食道を経て胃・腸へと消化管を進みます。しかし、何らかの要因により本来流れるべき食道に行かずに、誤って気道である気管や肺に入ってしまうことがあり、これを誤嚥といいます。その際、口腔や鼻腔(びくう)、咽頭内の細菌・真菌も一緒に流入することが多く、感染症を発症することがあります。

 誤嚥性肺炎とは、この誤嚥によって発症する肺炎のことで、発熱や倦怠(けんたい)感などの症状が出るほか、重症化すると命を落とすことも少なくありません。

 近年、日本人の死亡原因の上位に肺炎が挙げられていますが、厚生労働省の2020年人口動態統計によると、年齢が上がるごとに肺炎の占める割合が増加し、誤嚥性肺炎は3.1%と報告されています。

 感染症といえば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のニュースが連日報道されていますが、このコロナ感染症のように病原体が外部から体内に侵入して感染するものを「外因性感染」と呼びます。

 それに対し、誤嚥性肺炎はもともと体内に棲(す)みついている常在菌が原因であり、「内因性感染」と呼ばれています。

 原因となる細菌としては口腔や鼻腔、咽頭に由来する肺炎球菌等の常在菌が知られていますが、カンジダ症の原因となるカンジダ・アルビカンス等の真菌も関係するといわれています。

 また、誤嚥性肺炎の発症は、次に解説する飲み込み等の摂食嚥下(えんげ)機能の低下が大きく関与しています。

 ◇摂食嚥下機能の基礎知識

 「食べる」という行為は、生命を維持するのに必要な栄養を摂(と)り入れるだけでなく、味を楽しんだり、食事を通じてコミュニケーションを楽しんだりなど、私たちの日常生活において非常に大きな意味を持ちます。

 食べる動作は、まず食物を認識することから始まります。

 そして、脳にある摂食中枢と嚥下中枢からの指令で口唇・頰・舌や顎、喉などの筋肉を動かし、外部から口の中に摂り込んだ水分や食物を、飲み込む嚥下動作により咽頭・食道から胃へ送り込みます。この一連の流れが、摂食嚥下機能です。

 ◇摂食嚥下のメカニズム

 摂食嚥下は、先行期、口腔準備期、口腔送り込み期、咽頭期および食道期の五つのステージに分けられます。これを「摂食嚥下の5期モデル」といいます。

 ①先行期

 視覚や嗅覚、触覚などによって食物を認識して口へ運ぶ前の時期です。

 今から口に運ぶものが食物であるかどうか、硬さはどうか、一口はどれくらいの量か、などを判断します。

 ②口腔準備期

 食物を口腔内に取り込み、咀嚼(そしゃく)して食塊(まとまりがあって柔らかく咽頭を通過しやすい一塊の食物)を形成する時期です。

 顎の開閉や歯による咀嚼、舌・頰などの粘膜の動きにより、食物と唾液を混ぜ合わせます。

 ③口腔送り込み期

 舌を使って食塊を咽頭に送り込む時期です。

 舌をしっかりと口蓋に接触させることによって口腔内の圧が高まり、食塊を咽頭へ送り込む動作を助けます。また、頰や口唇も同様の役割を果たします。

 ④咽頭期

 嚥下反射により、食塊を咽頭から食道入口部に送る時期です。

 軟口蓋が挙上して鼻腔との交通を遮断したり、声門が閉鎖して気道防御機構が働いたりするなど、複雑な動きで誤嚥を防止しながら行われます。

 ⑤食道期

 蠕動(ぜんどう)運動と重力により食塊を食道から胃へ送り込む時期です。

 食道入口部の筋肉は収縮し、食塊が逆流しないように閉鎖します。


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