特集

超高齢化社会における歯科の役割
~口腔ケアによる誤嚥性肺炎の予防~ 堺平成病院・歯科科長 歯学博士 島谷 浩幸


 ◇なぜ認知症高齢者に起こりやすいのか

 〇若年者と高齢者の比較

 若年者は食物の認識から食物を噛む咀嚼運動、飲み込む嚥下運動に至るまで安定して行うことができます。

 しかし、高齢者は歯の数が少なくなり、残っている歯も歯周病でぐらついたりしている場合が少なくありません。

 17年に報告された恒石美登里氏らの研究では、レセプト情報等の大規模データベースを用いて65歳以上の高齢者における欠損歯数と誤嚥性肺炎での医科受診の関連を調べた結果、欠損歯数1~14を基準とした28~32の者のオッズ比が3.14と有意に高くなり、欠損歯数が多いほど高率で医科医療機関で誤嚥性肺炎の治療を受けたことが分かりました。

 また、高齢者は義歯の使用率が高く、厚労省による歯科疾患実態調査の平成28年度データによると65歳で40%程度ですが、75歳以上では60%に及びます。

 義歯はその構造にもよりますが、一般的に自分の歯よりも噛む力が弱く、外れやすかったり、痛みがあったりしてうまく咀嚼ができない場合は、正常な嚥下にも支障が出ます。

 さらに、感染症である誤嚥性肺炎は、先述したようにその発症に免疫機能が大きく関与しますが、免疫力は20~30歳代をピークに低下するため、高齢者は若年者に比べて誤嚥性肺炎の発症リスクは高まります。

 〇認知症のない人と認知症の人の比較

 認知症の人は、食物の認識が衰えます。重度になると、食物でないものを口に入れる場合もあります。また、義歯を口の中に入れていることを自覚していない人もいます。

 その結果、食物に応じた適切な咀嚼ができなくなり、食塊形成に問題が起きる結果、誤嚥リスクが高まります。

 さらに、認知症高齢者では嚥下やせきの反射が鈍化していることも少なくなく、仮に誤嚥しても意思表示が乏しく、あるいは曖昧で周りの人が気付きにくいため、特に不顕性誤嚥が起きやすくなります。

 しかも、十分な歯磨きができず、口腔内が菌の温床になる傾向にあります。結果として、誤嚥性肺炎のリスクは認知症のない人に比べて高くなります。

 ◇予防に向けた取り組み

 わが国の肺炎死亡者の90%以上が65歳以上の高齢者です。中でも誤嚥性肺炎はその割合が高く、原因菌は口腔や鼻腔、咽頭に由来します。

 ですから、歯磨きや口腔ケアで口腔内の菌数を減らして清潔に保つことは、特に高齢者の誤嚥性肺炎の予防にとって重要なのです。

 図2は、01年に米山武義氏らにより報告された口腔ケアによる誤嚥性肺炎予防効果を示した研究結果です。

 口腔ケア実施群と未実施群とで比較したところ、実施群は発熱の発生率だけでなく肺炎の発生率も低くなり、肺炎による死亡率も有意に減少するという結果が出ました。

 現場でできる対策①

 誤嚥性肺炎の予防には、食前の口腔ケアで口腔内を清潔にするだけでなく、食事時の姿勢やむせ・せきの有無を確認したり、嚥下動作を注意深く見守ったりすることも大切です。

 それに加えて、食物の大きさや形、一度に口に入れる量にも配慮が必要です。

 小さくて噛みやすいものを少量ずつ食べるのが安全な食べ方の基本ですが、食べやすいと思われがちな、いわゆる「きざみ食」は、食塊がまとまりにくく誤嚥リスクが上がるので注意が必要です。

 介護食ではスムーズな嚥下を助けるためにゼリー状にしたり、「とろみ」を付与したりします(嚥下調整食)。

 これらの食形態の調整により食塊がまとまって飲み込みやすくなる上、粘度の増加により食塊の喉を通る速度が遅くなり、嚥下反射に遅延がある人でも誤嚥しにくくなる効果があります。

 現場でできる対策②

 口腔ケアを行う上でキーワードとなるのが、口腔内の「加湿」および「保湿」です。

 加湿は乾燥した口腔粘膜や歯に潤いを与えることで、保湿はその潤いを長時間にわたり維持させることです。

 先述のように高齢者の多くで唾液分泌の減少による口腔乾燥が認められ、乾燥による粘膜の損傷のほか、唾液が菌を洗い流す自浄作用や唾液中の抗菌物質(ラクトフェリン、分泌型IgAなど)による抗菌作用が働きにくくなる結果、誤嚥性肺炎のリスクを高めています。そこで大切なのが、保湿ジェルを使用した口腔内の加湿・保湿です(図3)。

 口腔保湿剤にはさまざまな商品が流通していますが、近年注目されている配合成分として、ヒノキ由来の天然化合物である「ヒノキチオール」があります。

 このヒノキチオールには後述するカンジダ菌の増殖を抑える効果が認められ、当院歯科ではこの成分を含有した口腔保湿剤を使用しています。


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