特集

超高齢化社会における歯科の役割
~口腔ケアによる誤嚥性肺炎の予防~ 堺平成病院・歯科科長 歯学博士 島谷 浩幸


 ◇加齢による摂食嚥下機能の変化

 高齢者は、摂食嚥下面でさまざまな機能低下を生じます。認識機能が衰えるだけでなく、歯も虫歯や歯周病で悪くなり、せき反射や嚥下反射も鈍るなど、いろいろな弊害を引き起こします。

 例えば、歯の数が減少するとバランスのよい咀嚼ができず、食塊形成に悪影響が出ます。また、歯数が多くても歯周病で歯に動揺や痛みがあれば、効率的に咀嚼できません。

 歯を失う原因の第1位は歯周病で、40歳以上の8割が罹患(りかん)する国民病です(図1)。

 また、加齢による唾液腺の萎縮で唾液分泌が減少傾向になるのに加え、高齢者の多くは数種類に及ぶ内服薬を使用しているため、その副作用でさらに唾液分泌が低下することも懸念されます。

 唾液が減少すれば食塊形成がうまくできなくなり、嚥下にも悪影響が出てきます。

 また、加齢に伴い舌の運動機能が低下し、歯周病や義歯(入れ歯)の使用で噛(か)む力(咀嚼能力)も弱くなるだけでなく、口腔内の感覚自体が鈍るなど、摂食嚥下の先行期から口腔準備期、口腔送り込み期に至るまで、さまざまな障害を生じやすくなります。

 それに加えて、嚥下反射がゆっくり始まるようになり、せきの反射も低下します。

 ◇なぜ起こるのか

 誤嚥した場合、機能が正常ならば激しくむせることで誤嚥物を喀出(かくしゅつ)しようとする防御機能が働きます。これを顕性誤嚥と呼びます。

 しかし、気管の感覚低下やせき反射の鈍化などの原因により、誤嚥してもむせや咳嗽(がいそう)などの反応が出ない場合もあります。これを、不顕性誤嚥と呼びます。

 不顕性誤嚥では外見上、誤嚥しているか否かが判断できないため、誤嚥性肺炎のリスクが高くなります。

 誤嚥の原因で最も多いのが、摂食嚥下機能の障害です。食事中に誤嚥すると、食物と一緒に菌が気管に流入します。また、食事時に限らず先述の不顕性誤嚥のように、就寝中でも唾液を介して菌の侵入は起こり得ます。

 これらの菌が肺で炎症を引き起こすと誤嚥性肺炎となりますが、その発症には免疫機能の低下なども関与します。

 嚥下障害の原因は、器質的(解剖学的)障害と機能的(生理学的)障害の二つに大別されます。また、加齢に伴う機能低下も影響します。

 ①器質的(解剖学的)障害

 器質的障害とは、口腔や咽頭、食道などの消化管の解剖学的構造に異常がある場合で、食塊の通り道に障害物があるような状態です。

 舌癌(がん)や咽頭癌などの口腔・咽頭の腫瘍や術後の障害が原因となる場合などです。

 例えば、舌癌では術後に舌切除による舌の運動障害を生じることが多く、食塊を口腔内で処理できなくなった結果、咽頭へ送り込めないなどの口腔期における障害が起きます。

 ②機能的(生理学的)障害

 機能的障害とは、口腔や咽頭の解剖学的な構造は正常でも、それら諸器官の運動に問題があり、食塊の通り道の動きがゆっくりになってしまうような状態です。

 原因としては、脳血管障害や筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病などの神経変性疾患のほか、多発性硬化症脳炎脳腫瘍、脳性麻痺(まひ)、外傷性脳損傷、筋ジストロフィーなどの多彩な病変が挙げられます。

 ③加齢の影響

 先述したように、歯の問題や唾液の減少、嚥下反射の衰えなどが影響します。

 摂食嚥下障害の典型的な主訴としては「飲み込みにくい」「むせる」がありますが、明らかな訴えがない場合でも、先述した不顕性誤嚥の可能性は常に意識することが重要です。

 夜間のせき、繰り返す発熱、食欲の低下、体重の減少などの症状が見られた場合は誤嚥性肺炎を疑い、速やかに検査する必要があります。

 胸部エックス線検査で肺炎所見の有無(肺炎があれば肺に境界不明瞭な白い影が写る)や血液検査で白血球数、CRP値(炎症反応の指標)の増加などを確認し、肺炎かどうかの診断をしなければなりません。もし誤嚥性肺炎だと診断されれば、早急に抗菌薬による薬物療法などを始める必要があります。


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