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脂質蓄積による脳機能障害の原因メカニズムを解明 名古屋市立大学

図2 マウス組織のリピドーム解析
野生型(WT)およびPDZD8欠損(KO)マウスの脳と肝臓より脂質を抽出し、リピドーム解析を行い、脂質量比(KO/WT)をヒートマップで示した。脳でCEが異常に増加している。肝臓では脂質異常は認められない。WTに比べてKOで増加している脂質を赤系色、減少している脂質を青系色で表示。

図3 マウス脳のリポファジー解析
WTとPDZD8-KOマウスの脳のリポファジーを、電子顕微鏡(TEM)により解析した。WTでは脂肪滴がリソソームと融合して灰色で小さくなり分解されている(グレー矢頭)が、KOでは脂肪滴(白矢頭)はリソソーム(黒矢頭)と融合せず非分解のままである。脳の観察領域(左)、リポファジーのTEMイメージ(中)、リポファジーの統計解析結果(右)を示す。

図4 神経細胞のリポファジー解析
ラット褐色脂肪細胞腫PC12細胞においてコントロール(siControl)またはPDZD8(siPDZD8)の発現抑制を行い、NGF添加により神経分化誘導を行い、脂肪滴マーカー(EGFP-PLIN2、緑)とリソソームマーカー(LysoTracker Red、赤)のイメージング解析を行った。コントロール細胞では脂肪滴とリソソームは融合しているものが多いが、PDZD8発現抑制細胞では両者が分離しており融合不全が多く認められた。共焦点顕微鏡イメージ(左)と、ピアソンの相関係数の解析結果(右)を示す。

図5 PDZD8欠損マウスの脳における脂質の異常蓄積とPDZD8によるリポファジー促進機構
PDZD8欠損(KO)マウスの脳では脂質の異常蓄積が認められる(上)。その原因メカニズムを調べる中で、PDZD8によるリポファジーの促進作用を見いだした(左下)。PDZD8は脂質輸送を介してリソソーム成熟を促進する。またPDZD8は脂肪滴とリソソームの融合を促進する。その結果、PDZD8はリポファジーを促進し、細胞内の異常な脂質蓄積の抑制に働く。よってPDZD8-KOマウスの脳では、リポファジー不全により脂質分解が遅延し、CEが蓄積していると示唆された(右下)。

【用語解説】

(※1)神経変性疾患:

 神経細胞が徐々に障害を受けて脱落していく疾患の総称です。代表的な病気として、アルツハイマー病パーキンソン病ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などがあります。神経変性疾患の原因メカニズムには未解明な部分が多く、多くの疾患はいまだに根本的な治療法がありません。

(※2)リポファジー:

 「脂肪滴(Lipid droplet)のオートファジー」から名付けられた細胞内の脂質分解系。脂肪滴がリソソームと融合し、脂肪滴内の脂質がリソソーム内の分解酵素により分解される過程。

(※3)PDZD8:

 脳神経系に発現が高く、細胞内の小胞体に局在している膜タンパク質。PDZD8は小胞体とエンドソームを繋留し、その2つのオルガネラの膜接触部位で脂質輸送に働く。さらにPDZD8は脂質輸送を介してエンドソーム成熟に働き、神経健常性の維持に働く(Shirane et al, Nat Commun, 2020)。またPDZD8は神経細胞内のカルシウムイオン調節に働いていることも知られている。

(※4)PDZD8遺伝子変異と疾患との関連:

 ヒトのPDZD8遺伝子変異が、脳の異形成や自閉症的特徴や知的障害や認知機能障害を持つ複数の家系で同定されている。これらのヒトの変異ではPDZD8のSMPドメインまでの断片タンパク質が生じるが、これと類似の変異を持つ遺伝子改変マウスは、脳構造の異常を示し、情動や記憶の異常などを呈する。

(※5)細胞内脂質輸送:

 疎水性が高い脂質は、水溶性空間である細胞質の中を単独では移動できない。しかし脂質輸送タンパク質の疎水性ドメインと相互作用することにより、脂質は細胞質中での移動が可能となる。この脂質輸送は、異なる細胞小器官同士が近接している膜接触部位で多く見られる。PDZD8はSMPドメインを介して脂質輸送に働く(Shirane et al, Nat Commun, 2020)。

(※6)リソソーム:

 細胞内分解に主要な働きをしている細胞小器官で、内腔に低pHで活性化するさまざまな分解酵素を含んでいる。リソソームの起源はエンドソームに由来し、一部の後期エンドソームから内腔のpH低下を伴う変換により生じる(リソソーム成熟)。また一部の後期エンドソームはリソソームと融合し、エンドリソソームとなる(エンドソーム成熟)。

(※7)リピドーム解析:

 脂質の包括的定量分析。本研究では、九州大学生体防御医学研究所の馬場健史教授らの開発した超臨界流体クロマトグラフィー三連四重極質量分析(SFC/QqQMS)を用い、共同でリピドーム解析を実施した。

(※8)コレステロールエステル(CE):

 コレステロールに脂肪酸がエステル結合した脂質。疎水性が非常に高く、通常はLDL(低密度リポタンパク質)や脂肪滴の内腔に存在している。

(※9)脂肪滴(Lipid droplet, LD):

 脂質を貯蔵する細胞小器官で、内腔にコレステロールエステルやトリグリセリドなどの疎水性の高い脂質を含んでいる。

【研究助成】

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

科学研究費補助金・基盤研究B (20H03255)

研究課題名:「オルガネラコミュニケーションの破綻による神経変性疾患の発症機構」

研究代表者:白根 道子(名古屋市立大学大学院薬学研究科 教授)

研究期間:令和2年4月~令和5年3月

科学研究費補助金・新学術領域研究・細胞機能をつかさどるオルガネラ・ゾーンの解読(20H04907)

研究課題名:「膜構造制御によるオルガネラ連携ゾーン形成と神経軸索変性症との関連」

研究代表者:白根 道子(名古屋市立大学大学院薬学研究科 教授)

研究期間:令和2年4月~令和4年3月

【論文タイトル】

PDZD8-deficient mice accumulate cholesteryl esters in the brain as a result of impaired lipophagy
(PDZD8欠損マウスの脳ではリポファジーの不全によりコレステロールエステルが蓄積している)

【著者】

Keiko Morita1, Mariko Wada1, Kohta Nakatani2, Yuki Matsumoto1, Nahoki Hayashi1, Ikuko Yamahata1, Kotone Mitsunari1, Nagi Mukae1, Masatomo Takahashi2, Yoshihiro Izumi2, Takeshi Bamba2, and Michiko Shirane1*
1 名古屋市立大学大学院薬学研究科
2 九州大学生体防御医学研究所

【掲載学術誌】
学術誌名:iScience
DOI番号:10.1016/j.isci.2022.105612
参考URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004222018843

【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院薬学研究科 教授 白根 道子(しらね みちこ)
名古屋市瑞穂区田辺通3−1
TEL:052-836-3455  FAX:052-836-3765
E-mail:shiram@phar.nagoya-cu.ac.jp

【報道に関する問い合わせ】

名古屋市立大学 総務部広報室広報係
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-853-8328  FAX:052-853-0551
E-mail:ncu_public@sec.nagoya-cu.ac.jp

【共同研究に関する企業様からの問い合わせ】
名古屋市立大学 産学官共創イノベーションセンター
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-853-8041  FAX:052-841-0261
E-mail:ncu-innovation@sec.nagoya-cu.ac.jp

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