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脂質蓄積による脳機能障害の原因メカニズムを解明 名古屋市立大学

研究成果の概要

 近年アルツハイマー病パーキンソン病などの神経変性疾患(※1)の原因として、脳における異常な脂質蓄積が知られています。しかしその脂質異常のメカニズムはよくわかっていませんでした。名古屋市立大学大学院薬学研究科の白根 道子 教授の研究グループは、リポファジー(※2)という脂質分解系の不全が、脳内脂質の異常蓄積の原因であることを明らかにしました。

 ヒトのPDZD8(※3)遺伝子の変異(※4)は、知的障害や認知機能障害と関係することが知られています。本研究グループは先行研究で、PDZD8タンパク質が細胞内脂質の輸送活性(※5)を有していること、それによりリソソーム(※6)の成熟に働くことを見いだしていました。そこでPDZD8遺伝子欠損マウスを作製し、その組織のリピドーム解析(※7)を実施しました。その結果、野生型マウスと比べてPDZD8欠損マウスの脳ではコレステロールエステル(CE)(※8)が異常蓄積していることを発見しました。このCEの異常蓄積は脳に特異的で、肝臓の脂質は正常でした。また食餌とは無関係でした。またCE合成経路には異常ありませんでした。一方でPDZD8欠損マウスの脳やPDZD8発現抑制神経細胞において、脂肪滴(※9)とリソソームの融合やリソソーム成熟に遅延が認められ、リポファジーの不全が明らかになりました。よってPDZD8欠損マウスの脳では、リポファジー不全により脂質分解に不全を来し、CEが蓄積していると示唆されました。

 本研究より、神経変性疾患の原因のひとつである脳内脂質の異常蓄積がリポファジーの不全に起因すること、またPDZD8がその制御に中心的な役割を果たしていることが明らかになりました。そしてPDZD8は脂質分解の制御により脳内の脂質蓄積を抑制し、脳機能の維持に働いていると示唆されました。本研究は、神経変性疾患の新たな治療法の開発につながると期待されます。

【参考図】
図1:リポファジーによる脂質分解と脳機能制御の関連
ヒトのPDZD8遺伝子変異は、知的障害などの脳機能障害と関連することが知られている。本研究により、PDZD8遺伝子欠損マウスの脳において、リポファジーの不全により脂質が異常蓄積することを見いだした。よってPDZD8はリポファジーの促進により脳内脂質の異常蓄積を抑制し、正常な脳機能の維持に働いていることが明らかになった。

【背景】

 アルツハイマー病パーキンソン病などの神経変性疾患の原因として、脳内脂質の異常蓄積が知られています。しかし脳に脂質蓄積を引き起こすメカニズムはほとんど不明でした。

 ヒトの知的障害のリスク遺伝子解析より、PDZD8遺伝子の変異が同定されています。一方で本研究グループは先行研究で、PDZD8タンパク質が細胞内で脂質輸送に働くこと、それによりリソソームの成熟が促進され、神経細胞の健常性の維持に寄与していることを明らかにしました。

 これらの背景より本研究グループは、PDZD8が脳の脂質制御に関係している可能性を予想し、脳内脂質の異常蓄積の原因メカニズムについて、リポファジーに着目して解析しました。

【研究の成果】

 本研究グループはPDZD8遺伝子欠損マウスを作製し、その組織のリピドーム解析を九州大学の馬場教授らのグループと共同で実施しました。その結果、野生型マウスと比べてPDZD8遺伝子欠損マウスの脳ではコレステロールエステル(CE)が異常蓄積していることを発見しました。PDZD8遺伝子欠損マウスのCE蓄積は脳に特異的で、肝臓の脂質は正常でした。また高脂肪食摂取では脳のCE量は変化せず、食餌とは無関係とわかりました。またPDZD8遺伝子欠損マウスの脳ではCE合成経路には異常がありませんでした。一方でPDZD8遺伝子欠損マウスの脳を電子顕微鏡で解析したところ、細胞内の脂質分解系であるリポファジーの不全を見いだしました。リポファジーは脂肪滴とリソソームの融合による脂肪滴のオートファジーです。そこでさらに神経細胞株を用いてリポファジーの過程を詳細に解析したところ、PDZD8発現抑制細胞では脂肪滴とリソソームの融合およびリソソームの成熟に遅延が認められました。よってPDZD8は、リポファジーの促進作用により細胞内脂質の異常蓄積を抑制しているとわかりました。以上の結果より、PDZD8遺伝子欠損マウスの脳では、リポファジーの不全により脂質分解に不全を来し、CEの異常蓄積が起きていることが示唆されました。本研究により、PDZD8が脳内の脂質代謝を制御し、脳機能の維持に働いていることが明らかになりました。

【研究のポイント】

 ・脳における脂質異常と神経変性疾患との関連が示唆されていますが、その詳細は不明でした。

 ・本研究では、脳内脂質の異常蓄積がリポファジーの不全に起因すること、また脳機能障害と関連するPDZD8がリポファジーの制御に中心的な役割を果たしていることを明らかにしました。

 ・本研究成果はアルツハイマー病など神経変性疾患の新規治療法の開発につながると期待されます。

【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

 本研究では脳の脂質蓄積の原因メカニズムとしてリポファジーの不全を明らかにしましたが、一方で蓄積した脂質がどのように神経変性疾患を引き起こすのかについてはいまだ不明点が多く残されています。そのメカニズムの一仮説として、酸化コレステロールやコレステロール結晶が細胞内膜系に損傷を与え、その結果脳内炎症を惹起し、脳神経系の機能に障害を来すことが示唆されています。これらの仮説も踏まえて、今後さらに脂質蓄積と神経変性疾患の関連の詳細を解明する必要があります。

 神経変性疾患の治療法については世界中で多くの研究が続けられていますが、いまだ根本的な治療法が確立されていません。本研究では神経変性疾患の原因として脂質蓄積という新たなメカニズムに着目しています。よって本研究は神経変性疾患の新規治療法の開発につながることが期待されます。

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