治療・予防

進歩した造血幹細胞移植
~移植後の苦しみ救済が課題~

 白血病をはじめ「血液のがん」といわれる病気は厳しい病気だ。有効な治療法とされるのが、血液のもとになる造血幹細胞の移植で、ドナー(細胞の提供者)を広げることで進歩してきた。しかし、移植が成功しても患者の苦しみは続く。長年、白血病と向き合ってきた北海道大学大学院の豊嶋崇徳(てしま・たかのり)教授(血液内科)は「移植後に患者が襲われる苦しい症状を改善したい」と強調、最近登場した新薬に注目している。

慢性GVHDで皮膚が硬化した手のひら

 ◇ドナー不足が解消

 移植の種類は「自家移植」と「同種移植」がある。自家移植は患者自身の造血機能が保たれている間に造血幹細胞を取り出して保存する。大量の抗がん剤投与などによる治療で血液内のがん細胞を消滅させた後で、保存していた造血幹細胞を患者の体内に戻す。使われるのは末梢血幹細胞で、患者自身がドナーとなる。同種移植では、血縁者と非血縁者がドナーとなり、末梢血幹細胞、骨髄、臍帯(さいたい)血が使われる。

 造血幹細胞移植が成功するためには、条件がある。ドナーと患者のヒト白血球抗原(HLA)という型の一致だ。HLA適合者は兄弟姉妹では4分の1の確率で見つかるが、血縁者でないと適合確率はぐっと下がる。兄弟姉妹でも4分の1にすぎない。しかし、完全に一致しなくても、ある程度の合致である(半合致)でよければ、ドナーの対象は広がる。豊嶋教授は「家族に回帰し、血縁者に対象を広げることで、ドナー不足の問題が一気に解消された」と説明する。このやり方は、30年前の日本の基礎研究者たちのアイデアを米国の医師が試行錯誤しながら臨床応用したものだという。

豊嶋崇徳・北海道大学大学院教授

 ◇全身むしばむ慢性GⅤHD

 ただ、次の課題が浮上した。

 豊嶋教授は造血幹細胞移植について「40~50%の人は移植で病気が治る。かなり強力な治療だ」と評価した上で、課題を指摘する。ドナーから提供される細胞には、免疫細胞も含まれる。例えば、弟が白血病患者で姉がドナーの場合、免疫細胞は弟の体を自分自身ではないと認識し、攻撃してしまう。

 その症状について豊嶋教授は「移植片対宿主病(GVHD)と言い、急性GVHDと慢性GVHDがある。急性は移植後の短期間で起こる症状で、強い炎症を伴い、皮疹や黄疸(おうだん)、下痢などが見られる。一方、慢性GVHDについて豊嶋教授は「熾火(おきび)のようにじわじわとくすぶり、ゆっくりと全身をむしばみ、消耗させる」と説明する。

 体力や気力の低下、外見が悪くなって人に会いたくない。就学や就労にも悪影響を及ぼす。ステロイド剤の長期投与によって糖尿病骨折などの危険を高める。

 豊嶋教授は「移植後の患者は血球が不安定だったり、減少したりする。さらに、免疫不全により感染症の危険も高まる。従来のGVHD治療はこうした悪い面を助長する」と言う。それが、治療の継続を困難にしている面がある。

 ◇移植を決断

 大阪大学大学院(工学研究科)の木崎俊明さんは20代。数年前に急性骨髄性白血病と診断され、大学病院に入院した。抗がん剤治療で倦怠感や吐き気食欲不振で体重が16キロ減った。寛かい状態に至ったものの、予後の状況をめぐり、主治医に相談した。化学療法だけで治療を終えた急性骨髄性白血病患者の予後は、年数の経過とともに不良になる場合がある。治療選択肢の一つが造血幹細胞移植だ。

 「正直に言って悩みました。つらい治療だという話を聞いていましたから」。木崎さんは主治医と話し合った上で、移植を受けることにした。家族や友人から背中を押されたこともある。「真っ暗な人生に一筋の光が差しました」と振り返る。

慢性GVHDで変形した爪

 ◇夜も眠れなかった

 「慢性GVHDで爪が変形したり、目がドライアイになったり、手のひらの皮膚がぼろぼろになったりします。何とか我慢しようと思いましたが、皮膚のかゆみも相まって夜も眠れませんでした」

 そこで、免疫抑制剤を増量することになるが、木崎さんは「別の問題が生じました」と話す。副作用だ。骨密度の低下やステロイド性糖尿病、常に顔がむくんでしまう「ムーンフェース」などが患者を苦しめる。

 移植後、3年が経過した木崎さんは今も1日に17錠の飲み薬、4種類の塗り薬を使っている。とても大変に思えるが、主治医と十分に相談し、できるだけ副作用が少ない治療薬を選択したり、薬の投与回数を工夫したりすることで生活の質(QOL)の向上を感じている。「移植の経験などを踏まえて、白血病などの患者の人たちに情報を発信したい」と話す。

 ◇新薬に期待

 以前は、慢性GVHDの治療薬は副腎皮質ステロイドしかなかった。しかし、患者の約半数には効果が不十分だった。そうした中で、21年にイムブルビカ、23年にジャカビという新薬が登場。24年3月にはレズロックが承認され、5月から発売された。レズロックは他の新規治療薬と異なる作用機序を持つROCK2阻害薬。豊嶋教授は「治療を妨げる最大の原因である血球減少、免疫不全がマイルドで、じっくりと長期に使用することが期待できる。ステロイド剤が効かない慢性GVHD患者の苦痛を和らげ、将来の人生に希望を与える一助になればよい」と期待をかけている。(鈴木豊)

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