治療・予防

若年性がん、妊娠を諦めない
~卵巣組織凍結が突破口~

 小児がんをはじめ若い時にがんを発病すると、将来的に子どもを産むことが難しくなる。この問題を解決するために卵巣組織を凍結、保存することで妊孕(にんよう)性=妊娠する力=を保とうとする試みが欧州で成果を挙げている。それに倣い、「卵巣組織凍結を普及する会」が設立された。

マイナス196度で卵巣組織を凍結・保存する

マイナス196度で卵巣組織を凍結・保存する

 ◇子どもを産めないの?

 この会のお手本となる組織がドイツ、オーストリア、スイスの3カ国をカバーする「FertiPROTEKT(フェルティ・プロテクト)」だ。

 創設者の一人であるベルン大学(スイス)のウォルフ教授には、忘れられない体験がある。小児がんを患っている少女にこう聞かれた。

 「先生。将来、あたしは子どもを持てるのですか?」

 思い詰めた表情で尋ねる少女。同教授は返答に窮した末に、「私には分かりません」と答えるしかなかった。この時の体験が胚培養士と共に、FertiPROTEKTを立ち上げるきっかけとなった。

 ◇リンパ腫の女性が自然妊娠

 卵巣組織を凍結・保存した後、卵巣組織を融解し、移植する。同教授の2012年の論文によると、ドレスデン(ドイツ)でホジキンリンパ腫を患う25歳の女性が化学療法を受ける前に卵巣を摘出、組織だけをボンに搬送し、凍結した。5年後に患者は妊娠を希望したため、移植施設のあるエアラーゲンで移植を行った。その後、ドレスデンに戻った女性は自然妊娠で出産した。

ウォルフ・ベルン大学教授

ウォルフ・ベルン大学教授

 22年の報告によると、凍結した卵巣組織を移植した196人の女性のうち、35~40%が出産に結び付いた。この割合は年齢が上がると低下する。治療費は高額だが、ドイツではその一部が償還(払い戻し)されるようになった。ウォルフ教授は「ドイツではまだ一部だが、スイスではほぼ全額が払い戻される」と話す。

 摘出した卵巣組織は特別なボックスに入れられ、24時間以内に凍結バンクに搬送される。鍵を握るのが、専門的な技術を有するボンとデュッセルドルフにある凍結センターだ。

搬送された卵巣組織を切片にする作業台

搬送された卵巣組織を切片にする作業台

 ◇6年間で33人に実施

 普及する会の代表理事を務める京野廣一・京野アートクリニック高輪院長は、2016年に「日本卵巣組織保存センター(HOPE)」を設立した。HOPEは17~23年の6年間に33人に卵巣組織凍結を行った。初のケースは乳がんの患者だったが、最近は悪性リンパ腫白血病、子宮がんなどの患者が増えつつある。

 京野代表理事は「日本にはがん診療連携施設が500近くある一方、がん治療・卵巣摘出・卵巣凍結ができる施設は限られている」とし、それぞれの得意分野を生かした連携の重要性を強調する。

中が4度に保たれた搬送ボックス

中が4度に保たれた搬送ボックス

 ◇マイナス196度で凍結・保存

 卵巣組織の凍結はどのように行われるのか。HOPEの現場を見学した。

 エアーシャワーで殺菌した後、処理室へ移る。まず、経験を積んだ胚培養士が届いた卵細胞を10ミリ×10ミリか8ミリ×4ミリの切片に加工する。胚培養士はこう話す。

 「卵子と卵巣組織では大きさが異なる。ある程度の経験を積まないと、うまく処理することはできない」

 このため、2週間に1回、手に入りやすい牛の卵巣を使ってトレーニングを重ねている。

 次に、凍結・保存の過程に移る。液体窒素か気化した窒素によりマイナス196度で凍結し、タンクに入れて保存する。凍結時のポイントは徐々に温度を下げることだ。急激に温度を下げると、細胞が破壊されてしまう。

 がんに冒された組織を凍結してしまうリスクはないのだろうか。HOPEでは、卵巣組織の凍結作業に入ると同時に、細胞を病理検査機関に送る。これまでにストップがかかったことはないという。

 東京・北品川にあるHOPEへの搬送時間はどれくらいか。いずれもがん治療と卵巣摘出を行う岩手医科大学(岩手県矢巾町)からは約4時間、東京医科歯科大学(東京・湯島)から約1時間、NTT東日本関東病院(東京・東五反田)からだと約30分だ。24時間以内という基準を満たしている。

 ウォルフ教授は「もちろん24時間以内の搬送を目指しているが、適切な処理が施されていれば4日間程度は大丈夫だ。実際、オーストラリアからドイツに届けられ、成功した例がある」と言う。(鈴木豊)

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