「信念のリーダー」小久保 裕紀WBC2017侍ジャパン代表監督|一流の流儀

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  • 2018/07/31 10:00

    (第2回)投げやりと開き直りは違う
    侍たちに掛けた言葉

     「良かったら選手の手柄。悪かったら監督が責任をかぶって、選手に火の粉がかからないようにする。それも監督の仕事。だから、負けたら『小久保が悪い』でいいのです」。小久保裕紀さんがこう語ったことがある。プレミア12の韓国戦での敗戦で、…

    (第2回)投げやりと開き直りは違う
 侍たちに掛けた言葉
  • 2018/08/07 10:00

    (第3回)理不尽さを背負いつつ
    生まれながらのキャプテン

    主将としてダイエーホークスを引っ張る 小学1年生で野球を始めた小久保裕紀さんが初めてキャプテンに指名されたのは、小学4年生の時だった。高校ではピッチャーだったため副キャプテンだったが、それ以外の野球人生では常にキャプテンを任された…

    (第3回)理不尽さを背負いつつ
生まれながらのキャプテン
  • 2018/08/14 10:00

    (第4回)野球観変えたオリンピック
    学生で一人、日本代表参加

    バルセロナ五輪で米国に勝ち、銅メダルに輝いた日本チーム 小久保裕紀さんは青山学院大学2年生の時、バルセロナオリンピックの野球日本代表に学生で選抜された。もう1人、学生で候補だった早稲田大学の仁志敏久選手(元巨人)は大学野球を優先…

    (第4回)野球観変えたオリンピック
学生で一人、日本代表参加
  • 2018/08/21 10:00

    (第5回)プロ1年目で思わぬ壁
    スローイングに悩む

    一塁に送球する巨人時代の小久保さん バルセロナオリンピック銅メダル、大学野球日本一の立役者として輝かしい成績を残した小久保裕紀さんは、福岡ダイエーホークスを逆指名し、当時として最高の契約金2億円(推定)で入団、1994年にプロ野…

    (第5回)プロ1年目で思わぬ壁
スローイングに悩む
  • 2018/08/28 10:00

    (第6回)きっかけは挫折から
    本との出合い

     「挫折は結構あるのです。例えば、2年目にホームラン王を取れたのですが、翌年は絶不調に陥りました。1年目のオフにはウインターリーグに行き、無我夢中で頑張っていました。ところが、タイトルを取って、だいぶてんぐになっていました。自分で…

    (第6回)きっかけは挫折から
本との出合い
  • 2018/09/04 10:00

    (第7回)4番の重責と初優勝
    最大の壁乗り越えて

    日本シリーズ初優勝。福岡に凱旋(がいせん) 小久保裕紀さんの放つホームランは、いつも空高く舞い上がり、美しく弧を描いてスタンドに吸い込まれた。その美しい軌道は、ファンの心を捉えた。天性だけで、人より飛距離を伸ばせたわけではない。…

    (第7回)4番の重責と初優勝
最大の壁乗り越えて
  • 2018/09/11 10:00

    (第8回)ジャイアンツに無償トレード
    球団移籍は勉強になる

     現役中、けがに何度となく見舞われ、2003年は1年間を棒に振るほどの重傷を負った。3月6日のオープン戦だった、対西武ライオンズ戦でのこと。ホームへ生還しようとスライディングした際に捕手と交錯し、右膝の前十字靭帯(じんたい)断裂、内側…

    (第8回)ジャイアンツに無償トレード
球団移籍は勉強になる
  • 2018/09/18 10:00

    (第9回)古巣ホークス復帰
    王監督への思いとライバル松中

     絶えず前を向いて全力を尽くす小久保裕紀さん。ジャアンツでの3年間はどうだったのか、振り返ってもらった。 「ジャイアンツという球団は、長い栄光の歴史を誇っています。実は、僕はちょっとお邪魔させていただいているだけ、という感覚でい…

    (第9回)古巣ホークス復帰
王監督への思いとライバル松中
  • 2018/09/25 10:56

    (第10回)固い王さんとの絆
    その血を受け継ぐ

    引退セレモニーでソフトバンクホークスの王会長から花束を贈られる小久保さん 最も影響を受けた野球人を尋ねると、小久保さんは真っ先に王貞治さんの名前を挙げる。 2012年10月8日、福岡のソフトバンクドームで、この年限りで引退を表明してい…

    (第10回)固い王さんとの絆
その血を受け継ぐ
  • 2018/10/02 10:00

    (第11回)心の中で生き続ける母
    残された時間を2人で

    引退セレモニーが終わり、母に迎えられる小久保さん 2012年のシーズン後、小久保裕紀さんは現役を引退した。引退セレモニーの時、グラウンドで涙を拭い続けていた女性がいた。母の利子さんである。薬剤師をしながら女手一つで2人の息子を育て上…

    (第11回)心の中で生き続ける母
残された時間を2人で
  • 2018/10/09 10:00

    (第12回)野球の楽しさ、子どもたちへ
    プロこそ、野球教室に

    子どものファンも大切にした小久保さん 小久保裕紀さんは現役時代、毎年オフになると4~5回、全国各地の少年野球チームに出向き、ボランティアで野球教室を開いた。 ある年、東京都豊島区の小学校の校庭を借りた野球教室の一日。練習の最後に…

    (第12回)野球の楽しさ、子どもたちへ
プロこそ、野球教室に