女性アスリート健康支援委員会 更なる飛躍へエリートアカデミー開校

独自のアカデミー創設など着々と
~スケート強化育成責任者に聞く~(2)

 日本スケート連盟(JSF)は2030年までの長期間を見据えた強化体制「プロジェクト30」プランを構築し、メダル獲得競争でも世界第2位になることを目指している。29年シーズンがJSF創設100年の大きな節目でもあり、30年冬季五輪は、まさにその集大成の機会となる。

 このプロジェクトには、女性アスリートがより活躍し、引退後の道筋を示す対策も盛り込まれており、他の競技団体のモデルケースになり得る。独自に創設したエリートアカデミーも開校2年目を迎え、選手たちに将来の選択肢を教える画期的な授業などもある。この活動をけん引するスケート部門の強化育成責任者、湯田淳強化育成ディレクターに話を聞いた。聞き手は、スピードスケートの女性アスリートを長年サポートしている拓殖大学の鈴木なつ未准教授。

インタビューに答える湯田淳強化育成ディレクター

インタビューに答える湯田淳強化育成ディレクター

 ―2022年2月の北京五輪では金メダル1個、銀メダル3個、銅メダル1個でメダル総数では5個で、カナダと並び2位でした。現状でも日本は良い位置にいるのではないでしょうか。

 「4年前の平昌五輪では金メダル数3個、メダル総数6個で、金メダルの数が重視されるメダルランキングは2位でした。1位のオランダ(金メダル7個を含むメダル総数16個)の選手層はすごく厚かった。実は、北京では金メダル数でオランダを上回って1位を狙っていたのですが、日本の少数精鋭という布陣では厳しかったですね。オランダの力は抜け出ています。(平昌五輪女子500メートルで金メダリストの)小平奈緒選手は、北京五輪前から右足首を痛めていました。このように予期できないことはあります。だからこそ選手層を厚くしてメダル総数を上げていかなければ駄目です。メダルの数を増やし、金メダルの数も増やしていくというように」

 ―どうやったらメダル総数を増やしていけるのでしょうか。

 「オランダと比べて日本は競技人口の少なさが課題です。ショートトラックに目を向けると、首都圏のリンクは競技人口を増やすポテンシャルはありますが、他の競技に流れてスケートはほとんどやられておらず、現在の競技成績を見ても選手勧誘は厳しい状況です。一方、長野県の野辺山の地域には、(ショートトラックで)タレントのある選手が結構います。

 例えば、選手が10人いればタレントのある選手が1人はいます。地域の人口が少なかったとしても、ほぼ全員が同じ競技に取り組んでいれば、その中にタレント1割も残っているはずです。したがって、選手数は少なくても良いから、よりタレントを確保できる地域でやっていこうという話になります。各スケートリンクを中心とした地域における競技人口拡大にしっかりと取り組んでいくことが重要と言えます。そしてショートトラックの練習はスピードスケートにも活きますから、北海道でもショートトラックを浸透させることによって両競技の未来が広がると言えます。ショートトラックができるリンクとして札幌、泊、苫小牧、帯広、釧路など、そのポテンシャルは確認できています」

 ◇7年かけてアカデミー開校、独自のコーチライセンス制度も

 ―湯田さんがおっしゃった話は、帯広に21年4月に開校した「スピードスケートエリートアカデミー」に結晶化されたわけですね。

 「7年かけて、やっとできました。帯広の星槎国際高校の協力も得て実現しました。全国中学校大会で8位入賞相当が入学の基準になります。21年4月に女子1人が入学し、22年4人(男子3人、女子1人)が入学しました。実は、日本オリンピック委員会(JOC)が08年に始めたエリートアカデミーにスピードスケートも対象競技に入れてもらおうと話を進めていました。当初は冬の競技にも門戸を開いてもらえる予定だったのですが、その後、方針転換となり冬の競技はやらないということになってしまいました。それなら独自でつくろうと。将来へ向けての人材育成も含めて」

 ―エリートアカデミーではどんな授業が受けられるのでしょうか。

 「通信制の星槎国際高校と提携し、高校生として多様な仲間との関わりも持ちながら、競技者として人間として成長していくことを目指しています。JSFのエリートアカデミー独自の授業ではスポーツ医学や栄養学といった、選手として必要な知識を得るカリキュラムをはじめとして、競技をやめた後のセカンドキャリアに関する知識なども勉強できます。

 競技者としての経験を生かした第二の人生にはコーチ、トレーナー、科学スタッフ、ディレクターなど、いろんな選択肢があることを示します。それによって選手たちが短期的な視点ではなく、長期的な視点で競技生活を送ることを可能にします。単発の講演会を受講しても、その場限りの話になりがちですが、カリキュラムの中で学んだり、現場のコーチに話を聞いたりできるので、それをきっかけに、より発展する可能性があります。最終的に、それが競技現場に還元されて、さらに良い競技環境になる好循環となることが狙いです」

 ―競技面ではどんな指導を?

 「山形中央高で30年間指導し、10年バンクーバー五輪銅メダリストの加藤条治さんらを五輪に送り出した椿央(つばき・ひろし)氏にエリートアカデミーのヘッドコーチになってもらいました。奥さまにも事務・運営や寮長などをやってもらっています。生活の場を帯広に移すという大きな決断をしていただきました。コーチは米国人のタッカー・フレデリクス氏です。世界で活躍したスプリンターで、引退後アメリカでジュニア指導、そして日本に移り住んで白樺学園高でコーチをやっていた方で、指導力があることが決め手でした。タッカーコーチは英語でしか話さないので、選手たちには英語でのコミュニケーション能力が求められます。これも将来国際大会で活躍する選手にとっては大事な教育です。選手はナショナルチームやデベロップメントチームとの合同練習に参加する機会もあり、日本代表選手と同じトレーニング施設も利用できます」

 ―JSFスピードスケートアカデミーにはコーチ養成部門もあり、独自のコーチライセンス制度がありますね。私も関わらせていただきましたが、これは肝煎りの制度だと思うのですが。

 「アカデミーは3部門で構成されています。先ほどお話しした椿さんに部門長をお願いしているエリートアカデミー部門と、コーチ養成部門と、キャリア支援部門の三つがあります。コーチ養成部門はコーチとして国際大会に派遣されたときに、ちゃんと立ち居振る舞いができるコーチ、国際基準で考えられるコーチを育てていきたいというのが目的です。

 日本スポーツ協会や日本オリンピック委員会がコーチライセンスを発行していますが、国内競技団体独自でスピードスケートにかなり特化した部分、しかも国際大会を見据えた世界基準をキーワードにしたコーチを養成していかなければいけないということで、この制度を設けることにしました。カリキュラムを組み、年4回の講習会(A級は20時間、S級は40時間)を受けた後に、年1回の試験に合格すればライセンスが得られます。スタートさせて今ちょうど1年目が終わったところです」

鈴木なつ未准教授(左)と湯田さん

鈴木なつ未准教授(左)と湯田さん

 ―合格者は何人出ましたか。

 「40人程度受講してA級の合格者が20人程度。今回S級はゼロでした」

 ―コーチにとって、このライセンスを取得する意味は。

 「このライセンスが無ければ国際大会にコーチとして派遣されることはありません。国際大会に派遣されたいと思うコーチは、このライセンスを取得しなければいけません。これまでのコーチ経験に加えて医・科学などの知見もあり、的確な判断ができるコーチを求めるからです。国際大会に派遣されたとき、不測の事態にもしっかり対応でき、戦力になるコーチを養成するためです。

 このコンセプトは『世界基準』で、将来、世界で戦う選手の育成ができるコーチの養成だということです。長年コーチをやってこられた方にすれば、『今さらどうしてこんなライセンスを』という反発もあるかと思いますが、『自分の選手だけを見ていますよ』では駄目です。それでは国際大会でチームとしては戦えません。このハードルを上げた代わりに、受講料も受験料も無料にしました」(了)

 湯田 淳(ゆだ・じゅん) 日本女子体育大学教授(スポーツ科学)。博士(体育科学)。1972年7月31日、秋田市生まれ。秋田高3年で全国高校総体男子1500メートル3位。筑波大学、同大大学院、社会人でも競技を続け、1999年に現役引退。2000年から日本スケート連盟科学サポート責任者として活動し、14年にスピードスケート強化部長、20年からショートトラック強化部長を兼務。22年からスピード強化育成ディレクター。

 鈴木なつ未(すずき・なつみ) 拓殖大学准教授。拓殖大学卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻修了。博士(スポーツ医学)。その後、独立法人日本スポーツ振興センターが運営する国立スポーツ科学センターなどで研究員を務めたほか、日本オリンピック委員会強化スタッフ、日本スケート連盟スピードスケートで科学スタッフなどとしても活躍。2021年1月からは全日本柔道連盟医科学委員会特別委員も務める。

【関連記事】


女性アスリート健康支援委員会 更なる飛躍へエリートアカデミー開校