女性アスリート健康支援委員会 二つの銀メダル

「どうして守ってしまったのか」
~バルセロナとアトランタ両五輪で得た貴重な経験~(2)

 1992年バルセロナ五輪(スペイン)と96年アトランタ五輪(米国)の女子柔道72キロ級でいずれも銀メダルを獲得した日本大学法学部の田辺陽子教授(スポーツ科学)に、当時の心境や女性アスリートが置かれた状況について話していただきました。聞き手は、スポーツドクターの先駆けとして長年活動され、国立スポーツ科学センター長なども歴任された「一般社団法人女性アスリート健康支援委員会」の川原貴会長です。

田辺陽子教授

 ―話はバルセロナ五輪に戻りますが、決勝では試合の終盤まで優勢に試合を進めていて、金メダルを取っていてもおかしくない展開でしたね。

 「そうですね。残り30秒をどう戦ったかということですね。体落としのような形で巻き込んだら相手がゴロンと転びました。有効とか効果などはもらえなかったのですが、これで『勝った』と思いました。審判から『待て』が入って立ち位置に戻って時計を見たら、あと12秒でした。両手はパンパンで、この12秒という時間を見たときに『何て長い』と思いました。『ここは守ろう。守れば勝てる』と考えたのですが、試合終了のブザーが鳴った瞬間に技を仕掛けられ、私は転びました。ただ、審判からは何も判定を出す動きはありませんでした。前半は五分五分だったのか私が優勢だったのか、はっきりは覚えていませんが、柔道では後半の残り1分の印象が大事になります。試合が終わって日本のコーチは拍手をしていました。韓国のコーチは祈っていました。しかし、結局判定で負けました。残り30秒の戦い方が引退につながったとも言えますし、『どうして守ってしまったのか』との思いが、現役復帰につながった気がします」

 ―時間がたつにつれて悔しさが増してきたのでしょうか。

 「復帰した一番の理由は、自分の選手時代を振り返ったときに、『やり残したことがあったらいけない』と思ったからです。『やり残したことがあるのに、やらなかった、挑戦しなかった自分がいてはいけない』と。ただし、年齢からすると失敗する可能性が高く、復帰するのはすごく怖かったですね」

 ―五輪前年の千葉の幕張で行われた世界選手権で3位になるなどして、ついにアトランタ五輪への出場が決まりました。アトランタ五輪ではバルセロナ五輪と同じ銀メダルでした。

 「同じ銀メダルでも中身は全然違うかなというのが正直なところですね。最初の銀は、けがもなく練習もフルにできましたので、体が引っ張ってくれた銀メダル。30歳になってからの五輪は、代表になってから膝をけがして十分に練習もできませんでしたが、心が引っ張ってくれました。『トータルで戦える状態なら大丈夫、戦い方には何通りかあるよね』と考えることができました。この二つの五輪は自分にとって違う中身でした。挑戦したことは良かったと思います」

 ―挑戦したことは指導者としても生きていますか。

 「そうですね。今は大学の監督はやっていませんが、監督をやっていたときには生きましたね、この経験は」

川原貴会長(左)と田辺教授

 ◇生理中はけがしやすい傾向

 ―最後に女性アスリートの問題についてお聞きします。現役の時には月経困難とか女性特有の問題はなかったでしょうか。

 「私は減量という問題はなかったので、そういう問題はありませんでした。最初から減量は無理だと思っていましたので、減量しないで済む階級を選びましたから」

 ―周囲には減量に苦しむ選手がいたのではないですか。そのために無月経になるとか。

 「減量があるために、バーッと食べて吐いてしまうなど、過食症や摂食障害の選手がいたと思います。私はそんなことはありませんでしたが」

 ―貧血はどうでしたか。

 「貧血も大丈夫でした。ただ、生理中はけがが多くなるような傾向にありました。指導者の時に分かったことですが、生理中では関節が緩むような感じで、大きなけがにつながるケースがあります。合宿では全体で同じ練習をしますので、大きなけがが出やすいかもしれません。自分で練習内容を決められればいいのですが、合宿ではなかなかそうはいきません」

 ―指導者時代に、選手に問題があったときに相談したり受診したりできる紹介先はありましたか。

 「それは指導者として必要ですから把握していました。しかし、選手としては近くに女性の指導者がいる方が相談しやすいですね」

 ―男性の指導者の場合、激しい練習などによって無月経になることがあることは知っていても、それがいかに重大な問題を引き起こすかまでは理解していないことが多いです。それに対してどう適切に対処するかができていません。無月経になると骨がもろくなることがあります。

 「最近は産婦人科でも対応してくれるところが出てきているのではないでしょうか。『この病院はスポーツによる障害でも対応します』と示していただくとありがたいです」

 ―本日は五輪での経験など貴重なお話ありがとうございました。(了)

 田辺陽子(たなべ・ようこ) 日本大学法学部教授。全日本柔道連盟理事。講道館柔道女子7段。東京都立駒場高校では陸上部に所属していたが、同校3年での授業が柔道を始める契機となった。ソウル五輪72キロ級で銅メダル、バルセロナ、アトランタ両五輪同級で銀メダルを獲得。1966年1月28日生まれ、東京都出身。

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