「医」の最前線 AIと医療が出合うとき

医療へのAI活用は市民に受け入れられるか?
~有効な新技術の普及に向けて~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第14回】

 あらゆる産業においてAI技術の導入が進み、その利益とリスクに関する議論が日々進んでいる。社会インフラに溶け込み、ほぼ無自覚に活用される同種技術も急速に増加する一方、特に生命に直結するヘルスケアというフィールドでは、理解の難しい新技術を容易には受け入れられない市民感情もまた明確に存在している。

買い物を楽しむ米市民。医療へのAI活用に否定的な人が少なくない=AFP時事

買い物を楽しむ米市民。医療へのAI活用に否定的な人が少なくない=AFP時事

 ◇「内なる市民の声」を捉えた1つの調査結果

 米ワシントンD.C.に拠点を置くシンクタンクであるピュー研究所(Pew Research Center)は2023年2月、「米国市民の医療AIに対する意識」に関して興味深い調査結果を明らかにした(※1)。ここでは、米国成人の実に6割が「医療提供者が疾患診断や治療法策定にAIを活用することを不快に感じる」としており、市民の多くには医療にAIを取り込むことに対して十分な納得感が醸成されていない可能性を指摘している。

 本調査は22年12月に1万人以上の市民を対象に行われたもので、調査対象者は米国成人から無作為に選び、ウェブアンケートによって回答を得ている。サンプリングされた12,448人のうち有効な回答が得られたのは11,004人(88%)で、米国成人を正確に代表させるため、人種や民族、性別、学歴、支持政党などを考慮して統計学的に重み付けした上で解析を行っている。

 調査では医療へのAI利用について多角的な質問が行われており、例えば「AIが疾患診断や治療法の推奨に使われることで患者の健康状態はどうなるか」について、「改善につながる」と答えた者は38%にとどまった一方、33%が「悪化する」、27%が「あまり変わらない」と回答していた。さらに、60%が「AI駆動のロボットが手術の一部を担うことを望まない」とし、79%は「AIが自身のメンタルヘルスケアに関与することを望まない」としていた。

 特に示唆的であるのは、「AIについてよく聞いたことがある」と答えた者の約半数が「自身の健康管理にAIを使うことに抵抗がない」と答えていたのに対して、「AIについて少し聞いたことがある」では63%が、「全く聞いたことがない」では70%もの人々が「かかりつけ機関がAIを使うことに違和感を覚える」と回答していた。同様に、教育歴が低水準であるほど、年齢が高齢であるほど、「AIが健康に与える影響に否定的」となる傾向などが確認されている。

AI画像診断支援のイメージ図(富士通提供)

AI画像診断支援のイメージ図(富士通提供)

 ◇小児急性期医療へのAI活用を親は望む

  一つの調査から普遍的な事実を捉えるのは容易ではないが、一般的な市民感情として「十分にAIを受け入れられる態勢が整っている」とは言えないことは確かだろう。一方で、全く異なる結果が得られた近傍の調査結果もあり、論文化されているのでこちらも紹介しておきたい。米ノースウェスタン大学などの研究チームが、小児急性期医療において「親はAIベースの臨床的意思決定支援ツールの導入を望むのか」をアンケート調査したものだ。

 Academic Pediatrics誌から公開された研究論文(※2)によると、1,620人の米国都市部在住の保護者に対する調査を実施したところ、抗生物質の必要性の判断や、血液検査およびレントゲン写真の解釈などについてAIを活用することを7割以上が許容していた。特にAIの利点として認識されているものには「人間が見落とすような所見を見つけること」「より迅速な診断が得られること」を挙げていた。逆に最も懸念される点には「診断エラー」や「誤った治療法の推奨」が挙がっている。

 小児急性期医療においては、AIへの懸念をセーフティネットとしての有効性への期待が上回る傾向が見られ、市民のAIに対する態度は疾患領域や状況によって大きく変動し得ることがこれらの調査結果から見て取れる。

 医療におけるAIへの意識はまだ流動的で発展途上にあることに間違いないが、「技術に深く精通していない事実」が否定的な態度を生む主な要因となっており、技術主導による急速な臨床環境の置き換えは患者を置き去りにする危険性をはらんでいる。有効な新技術を適切に臨床実装する観点からは、患者・市民への周知、啓蒙(けいもう)活動も欠かすことができない取り組みとなっていく。(了)

【引用】
(※1)Pew Research Center. 60% of Americans Would Be Uncomfortable With Provider Relying on AI in Their Own Health Care.
https://www.pewresearch.org/science/2023/02/22/60-of-americans-would-be-uncomfortable-with-provider-relying-on-ai-in-their-own-health-care/
(※2)Ramgopal S, Heffernan ME, Bendelow A, et al. Parental Perceptions on Use of Artificial Intelligence in Pediatric Acute Care. Acad Pediatr. 2023; 23:140-147.


岡本将輝氏

岡本将輝氏

【岡本 将輝(おかもと まさき)】
 米ハーバード大学医学部放射線医学専任講師、マサチューセッツ総合病院3D Imaging Research研究員、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、英University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)、東京大学特任研究員を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員教授(データサイエンス・統計学)など。メディカルデータサイエンスに基づく先端医科学技術の研究開発、社会実装に取り組む。

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