「医」の最前線 高知大医学部「家庭医道場」

〔第1回〕まずは地域、人々の生活を知る
高知大医学部「家庭医道場」

 ◇フィールドワークで住民の話

 村の人々の生活を知るフィールドワークでは、「川・猟師」「建設業」「林業」「子育て」「婦人会」「青年団」「農業」「観光」「消防団」「教育」の10グループに分かれて、それぞれの場所で現地の人の話を聞いた。

ゆず農家の暮らしに触れる

 「農業」グループは、ユズ農家を営む山中芳子さん(75)を訪ねた。ユズの木はちょうど開花の時期。ところどころに白い花を咲かせている。「たくさん実がなるとうれしいけど、ならない年もある。今年はどんなかな」

 そう話しながら学生たちを案内してくれた山中さんは、もともと米作りをしていたが、火災で家とともに夫を失い、今は一人でユズ農家を営んでいる。2人の娘と孫が2人、県内にいる。一時は縫製の仕事をしていたものの、ストレスがたまり、14年前から1人で6カ所のユズ畑を切り盛りしている。

 学生たちは「交通の便が悪くて大変ですか」「仕事は大変じゃないですか」など、グループワークでまとめた質問を投げかける。

 「草刈りが一番大変。腰が痛くなるから。でも、ユズの仕事は歌をうたいながら作業できるから、楽しい」と山中さんは笑顔で答える。11月の収穫の時期になると親戚が総出で手伝いに来るほか、ワーキングホリデーで県外から若者が手伝いに来てくれるという。

 「ふだんは『きょうは手が痛い、腰が痛い』と言ってるけど、この時期になると孫や子どもも帰ってきて、元気になるの」

 「買い物が不便ではないか」と学生がたずねると、自分の畑でほとんどの野菜は賄えるし、親戚や近所の人と足りないものは分け合っているので、とくに不便に感じることはないという。

 「この村はみんなが優しくて暮らしやすい。私ができないことは兄弟がしてくれるし、自分は恵まれてる」。ユズの木の下で、時間がとまったかのようなひととき。学生たちは何を感じ、受け取ったのだろう。

グループディスカッションでは活発な意見交換が行われた

 ◇その人なりの幸せ

 宿泊施設に戻ると、早速、報告会の準備だ。村の人たちから聞いた話の中から印象に残ったことをクイズ形式にまとめ、グループごとに発表する。

 あるグループは、「村の人が一番不便に感じていることは何でしょう」という質問に対して、(1)スーパーが6時で閉まる(2)宅配便の時間指定ができない(3)信号がない―の3択を作った。正解は(3)。野菜は自分で作れるし、イノシシの肉は猟でとれるので、スーパーが早く閉まっても困らないし、不在時に宅配便が届いても近所の人が留守宅のこともよく知っていて、居場所を教えてくれるので大丈夫。

 しかし、信号がないと、交差点の渡り方を子どもたちに教えられないので、それが一番不便に感じる。意外な回答に一同、深くうなずいた。

 ユズ農家を訪ねたグループを代表して発表した東海大朗さん(医学科1年)は、「交通の便が悪くて仕事も大変、苦労に苦労を重ねているイメージがありましたが、実際に話を聞くと、近隣の方と力をあわせて幸せに暮らしていた。どのような状況にいても、その人なりの幸せがあるということを学べてよかった」と語る。

 村の生活に限らず、自分のよく知らないことを先入観で判断してしまうことは意外に多い。村人との交流を通して、実際に会って話を聞いてみなければ本当のことは分からないというコミュニケーションの大切さを学べたのかもしれない。

家庭医道場の道場主・阿波谷敏英教授

 ◇どんな医師にも必要

 夕食後の意見交換会は、地元の料理を囲み、同行した教師陣、村役場の職員、フィールドワークで訪問した村の人々も交えて、深夜まで延々と続いた。中には朝まで語り合ったつわものも。教師陣もとことん学生に付き合う。

 家庭医道場に参加するだけあって、真面目で優しい学生ばかりだが、話を聞いてみると、必ずしも、将来は家庭医になりたいと考えているわけではないようだ。

 志望は循環器内科、皮膚科、小児科などさまざまだが、共通するのは「その人の生活を知って、寄り添える医師になりたい」という思い。

 「馬路村の診療所で働く医師を作りたいなんて、そんなちっぽけなことのために家庭医道場をやっているわけではない。地域医療は、へき地だけに限らず、人々の暮らしがある地域コミュニティーはどこにでもある。いい医療人を育てたい。それだけです」。阿波谷教授の教えが、学生たちに着実に根付いているようだ。 (医療ジャーナリスト・中山あゆみ)

  • 1
  • 2

「医」の最前線 高知大医学部「家庭医道場」