こちら診察室 総合診療かかりつけ医とは

少ない総合診療かかりつけ医 【第3回】

 まず「総合診療」という言葉から説明します。一般社団法人「日本専門医機構」の総合診療専門医検討委員会は、2023年7月に「総合診療専門医という選択」というタイトルのパンフレットを作成しました。この中で「総合診療専門医のアイデンティティ」として特徴を以下のように八つ挙げています。総合診療専門医となっていますが、総合診療医と同義だと思ってください。

 ①どんな症状にも、何歳でも診察し、必要あれば専門医を紹介してくれる

 ②日常的に頻度が高く幅広い領域の病気とけがに対応できる

 ③臓器を診るのではなく患者を一人の人として診る

 ④患者個人の治療だけでなく、その生活を支える家族もまるごと診てくれる

 ⑤どんな相談にも耳を傾け、向き合う

 ⑥病気の治療だけでなく予防から終末期まで継続的に診てくれる

 ⑦地域全体の健康を考えてくれる

 ⑧看護師・薬剤師等の多職種や行政と連携し、住み慣れた地域での暮らしを支えるチームの核となる

 自己の専門性を超える

 総合診療医を目指す医師が少なく、そして総合診療医が開業することがほとんどないのが現実です。私が提唱している「総合診療かかりつけ医」という概念は、別に総合診療専門医でなくても関係ありません。今まで外科医でやってきて開業する時に「どんな症状でもまず診る」というマインドがあれば、それは総合診療かかりつけ医です。

 総合診療かかりつけ医とは「いつでも、なんでも、だれでもまず診る」というマインドを持ち、患者の命に責任を持って診療に当たる開業医を指します。そんな開業医が日本にはほとんどいないために、これからの地域医療が守られない可能性が高いのです。

 13年に日本医師会が定義した「かかりつけ医」を見てみましょう。

 要約ですが、

 ①患者の生活背景を把握し、自己の専門性を超えて解決策を提供できる

 ②自己の診療時間外も患者のために、休日・夜間も対応できる体制を地域で構築する

 ③保健・介護・福祉関係者と連携する。在宅医療を推進する

 ④患者・家族に適切かつ分かりやすい情報提供をする

 となっています。

 地域医療を守るために必要なのは、①の「自己の専門性を超えて」という部分です。今の地域医療では、特に都会であまりにも専門性を強く打ち出しているクリニックが多いのが特徴です。つまり、自分の専門についてだけしか話を聞かない医師が多いのが問題です。自分の専門以外の話を患者がしても、まず聞いて、そして自分で対応ができないなら責任を持って専門医に紹介してつなげることが大事です。それができないと、かかりつけ医とは言えないのです。

 ◇臓器別の教育が理由

総合診療クリニックは社会にとって必要不可欠(イメージ)

総合診療クリニックは社会にとって必要不可欠(イメージ)

 循環器内科、消化器内科、呼吸器内科、整形外科、皮膚科、眼科、心療内科などの「標ぼう科目」はクリニックの院長の得意分野です。これはこれで必要だとは思います。

 今のような専門分野で開業する医師が多いのはなぜでしょうか。逆に窓口を広くして「何でも診ますよ」という総合診療かかりつけ医が少ないのはなぜでしょうか。理由は、日本の医学部教育が臓器別になっているからです。総合診療を教えたり、地域医療を教えたりする教育がほとんどないことが原因なのです。

 そして、総合診療に興味を持っている数少ない医師は総合診療専門医を目指しますが、仮になったとしても病院に勤務し、開業する医師がゼロに近いのが大きな原因なのです。

 高校を卒業して医学部に入学します。医学部は6年間あり、医師としての基礎を学びます。5~6年生で病院実習があり、実際に患者を診る勉強をします。医学部付属病院での実習は臓器別になります。大学病院は循環器内科、呼吸器内科、消化器内科、皮膚科、眼科、耳鼻科、神経内科、心臓血管外科、呼吸器外科、泌尿器科などの専門医が集まる所ですので、専門別の勉強になるわけです。

 最近は総合診療科という標ぼう科目が増え、全国の大学病院にもできてきましたが、学生にあまり人気がありません。

 医師国家試験に合格したら、自分の希望する病院で研修医として勤務する場合がほとんどです。2年間の研修が終わった後、大学の医局に入るか病院に勤務するかの選択になります。この時点で自分が興味のある科を選び、10年以内に専門医の資格を取ることになります。専門医にならなくても医師として働けますが、勉強の証しとして専門医を選択するケースが多いのです。

 医学部6年、医師になって10年の間に総合診療に触れることはほとんどありません。開業する医師は二つに分かれます。親のクリニックを継ぐか自分で開業するかです。親のクリニックの場合、そのまま親と同じ科か、新たに自分の得意分野にすることになります。そうでなければ、ある程度病院で勤務して40~50代になったときに「そろそろ開業しようかな」というタイミングで、自分の専門分野で開業します。得意分野でストレスなく仕事に従事し、休みたい時に休めるクリニックを作ります。

 このように見ていくと、総合診療かかりつけ医として開業する医師がほとんどいないことが分かります。いろいろな病気を診る習慣がない医師が、いきなり総合診療クリニックを開業することはないのです。しかし、これからは総合診療クリニック(名前は関係ありません、診る医師のマインドが大事)が社会に求められてきます。地域医療を守るために必要不可欠なのです。(了)


 菊池大和(きくち・やまと)

 日本慢性期医療協会総合診療認定医、日本医師会認定健康スポーツ医、認知症サポート医、身体障害者福祉法指定医(呼吸器)。2004年、福島県立医科大学医学部卒業。湘南東部総合病院外科科長・救急センター長、座間総合病院総合診療科などを経て、総合診療のかかりつけ医として地域を支えるため、2017年に「きくち総合診療クリニック」開院。著書に「『総合診療かかりつけ医』が患者を救う」(幻冬舎)。

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