こちら診察室 総合診療かかりつけ医とは

これから日本に必要なのは 【第2回】

 2024年現在、85歳以上の方は約600万人に上ります。40年には1000万人を超えていると予想されています。また100歳以上の方は今の8万人から70万人になります。そして国民の3分の1が65歳以上になります。この「現実」は必ず起きることです。65歳以上の方が元気で一人で健康に暮らせれば何の問題も起きません。ご家族も近くにいて、何かあったときはどこか病院を探して連れて行ってくれるのであれば、問題ないかもしれません。

65歳以上人口割合の推移

65歳以上人口割合の推移

 適切な医療が受けられない

 ところが実際は違うのです。もちろん元気な方もいますが、ほとんどの高齢者は病気を持ち、薬を飲んでいます。しかも一つではなく、病気も薬も複数です。つまり複数のクリニックに通っています。具体的に言うと、高血圧症4000万人、糖尿病1000万人、脂質異常1400万人、骨粗しょう症1300万人、腰痛持ち3000万人以上、心臓の病気170万人、脳の病気110万人、認知症700万人以上。そして介護が必要な方は毎年8万人ずつ増え、上記のように40年には1000万人を超えているでしょう。厚生労働省によると、65歳以降にかかる医療費は男性1450万円、女性1703万円となっています。

 しかも介護する若い人口が少なくなります。このような日本社会は前代未聞です。今はまだ深刻さが浮き彫りになっていませんが、このままの地域医療の体制、つまり専門しか診ないクリニックが増えていけば、国民、さらに言えば力のない高齢者は適切な医療を受けられなくなるでしょう。都会は専門のクリニックばかりが増え、地方はクリニック自体がなくなっています。20年後はどうなってしまうのでしょうか。

 ここで、実際私が経験した例を三つお話しします。

 一つ目は、80代の女性です。発熱のため、娘さんと一緒に私のクリニックを受診したケースです。別に住んでいる娘さんは、1週間に1回母親に会いに来ていました。家で母親がつらそうに寝込んでいます。話を聞くと1週間前に38度の発熱だったので、普段薬をもらいに通っているクリニックに電話したところ「熱がある人は診られないから市販の解熱剤を飲んで様子を見てください」と言われたそうです。

 言われた通りにしていたのですが、徐々に体力もなくなってきました。娘さんが訪れたときに急いでいつものクリニックに電話したら「そんなに具合が悪いのなら救急車を呼んでください」と言われました。

 そこで私のクリニックに母親を連れて来ました。新型コロナウイルス抗原検査やインフルエンザ抗原検査、血液検査、胸部レントゲンやCTを撮ると、ひどい肺炎だと分かり、入院が必要と判断して総合病院に救急搬送しました。

 二つ目は、70代の男性です。もともと腰痛持ちで、近所の整形外科クリニックに薬だけもらいに行っていました。3日前から腰痛が強くなり、いつものように受診しました。レントゲンで「異常なし」と言われ、強めの鎮痛剤をもらって帰宅しました。この時本人は、いつもと違う痛みだったようですが、医師からは「様子を見てください」と言われたようです。いったん腰痛は良くなったのですが、翌日、もっと強い痛みになりました。

 日曜でいつものクリニックは休診だったため、当院に来ました。腰痛で一番怖いのは、腹部大動脈瘤(りゅう)による破裂です。まず腹部CTを撮ったところ、的中しました。緊急手術が必要なために総合病院に救急搬送し救命できました。この方は高血圧で、他のクリニックにも通院しているようでした。高血圧に腰痛が重なると、腹部大動脈瘤の破裂の可能性を考えないといけません。

 三つ目は、70代の女性です。5年前に大学病院で大腸がんの手術をしていました。その流れで便秘高血圧の薬をもらいに3カ月に1度、同じ病院に通っていました。ある日、朝からとても体調が悪く血圧が190近くまで上がりました。この病院に電話したら「主治医がいないし予約もしていないから受診できません」と断られました。

 仕方なく1日寝て様子を見ていたら、翌日ひどい頭痛があり、当院を受診しました。CTを撮ると、クモ膜下出血を起こしており、手術が必要と判断し総合病院に救急搬送しました。

 責任持って命を守る

 実際に起きたこの三つに共通することは何だと思いますか。それは、病気を予防・早期発見できなかった点です。では、なぜ予防・早期発見できなかったのでしょうか。それは、普段通っている病院・クリニックは、あなたの病気や臓器しか診てくれていないからです。

 3人とも、いつもの病院・クリニックがあなたを責任持って診察してくれていれば、重大なことにはならなかったはずです。

 今の日本の地域医療を支えているのは、開業医の先生方です。しかし専門重視で、病気・臓器しか診ない医師が増えてしまったら、こういうことが起きてしまいます。地域医療を支えるかかりつけと言われる医師は「いつでも、なんでも、だれでもまず診る」というスタンスで診療しないといけません。これから高齢者であふれ返る地域で、まず診て責任持ってその人の命を守る、そういった開業医が増える必要があります。これからの日本に必要なかかりつけ医とは、まさに総合診療かかりつけ医なのです。(了)


 菊池大和(きくち・やまと)
 日本慢性期医療協会総合診療認定医、日本医師会認定健康スポーツ医、認知症サポート医、身体障害者福祉法指定医(呼吸器)。2004年、福島県立医科大学医学部卒業。湘南東部総合病院外科科長・救急センター長、座間総合病院総合診療科などを経て、総合診療のかかりつけ医として地域を支えるため、2017年に「きくち総合診療クリニック」開院。著書に「『総合診療かかりつけ医』が患者を救う」(幻冬舎)。

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