こちら診察室 眼科治療の最新事情
全員がハッピーになるわけではない
~白内障の手術~ 第1回
70歳を過ぎれば、程度の差はあっても誰でも白内障を患うことになります。ただ、その方が白内障のために見えにくいと自覚しているとは限りません。しかし、眼科を受診する以上、「目が疲れる」「しょぼしょぼする」「まぶしい」などといった何らかのきっかけがあるでしょうし、中には何となく目の状態が心配だからという方もいらっしゃいます。
症状が進んだ白内障
眼科医が「スリット」と呼ばれる細隙灯顕微鏡でこの年齢層の方を診察すれば、ほぼ例外なく水晶体の濁りが検出できますから、見え方にそれほど影響していなくても「白内障はあります」ということになります。手術の得意な眼科医は、早めに手術を勧めるかもしれません。図1はかなり進行した白内障のスリット写真です。
◇多い成功例
こうした眼科医にはたくさんの成功体験があります。多くの患者さんに感謝される眼科という外科医のやりがいを感じる手術でもあります。実際、「手術後に歩行速度が速くなった」「睡眠の質が改善した」「認知機能が改善した」「転倒事故が減った」などといった報告も見られます。
私自身も2021年に手術を受けましたが、色の鮮明さが増し、晴れやかに見えるものだと実感しました。読んだり、書いたりする意欲が増進した気がしました。
井上眼科病院における手術後不適応
◇不適応はあり得る
私のケースを含めてここまでは99.9%の成功体験の話です。数は少ないですが、手術の効果が感じられないばかりか、かえって見えにくい、不都合が増したというケースが一定数、存在します。どんな眼科手術でも不適応例はどうしても出ますが、私どもの外来を受診した眼科手術後の不適応は73例(調査機関18カ月)で、半数以上が白内障手術後不適応でした(図2)。
手術中の合併症や、手術後の高眼圧や炎症などといったまれな手術合併症の例は除外しての話です。合併症がまったくなく、手術も術後も順調に経過していても不適応はあり得るのです。
多い不適応の背景には、術前に持っていた眼の屈折度(近視、遠視、乱視)が眼内レンズを入れることで変化することが挙げられます。手術前に眼内レンズの度を遠見用に合わせるか、近見用に合わせるかなど、医師は患者の希望を聞くのが普通です。しかし、100%計算通りにいくわけではありませんし、計算通りでも当事者の思惑とは異なる感覚を持つ場合もあります。それでも95%以上は時間をかければ段々慣れてゆきます。
◇不適応が生じやすい条件
強度近視の方の手術では、やや不適応が起こりやすいようです。まず、手術により急に近視の度を減らす眼内レンズを挿入することで、目と脳のチャンネル合わせが合致しなくなる場合があります。また、強度近視の一部の方は両眼で見る機能(深さや距離を測る機能)が弱く、事実上ほとんど使用していなかった目を手術した場合にそれが目立ちます。従来と目の使い方が著しく変化してしまったことで不適応になったと考えられます。
もともとあったマイボーム腺(涙に脂成分を混入させる分泌腺)の機能不全やドライアイが手術後一時的に悪化する場合があるとの報告もありますが、これらは適切な治療で解決するはずです。
最近学会などで話題になっているのが、「ネガティブディスフォトプシア」(陰性異常光視)です。これは挿入した眼内レンズの辺縁や辺縁と虹彩との間で光が散乱し、灰色や白っぽい光の影、三日月状の光として見える現象です。
これらは次第に慣れて適応することもありますが、2、3カ月過ぎても適応しない場合には推定原因に応じて眼内レンズの入れ替えを試みます。これで解決することも多いと思われます。
◇手術と無関係の原因が一番やっかい
原因となる光学的・眼科学的理由が考えられないのに不適応状態が続く例も少なからずあります。すると、「手術が失敗したに違いない」「そう言えば、手術中チクッと痛みがあった、あの時何か起きたのだ」「医師は何か隠している」―などと、当事者は疑心暗鬼に陥り、ますます解決の糸口が見つからなくなります。
筆者はそうした事例も多数担当してきました。多くは手術をするきっかけとなった自覚症状の原因が白内障とは別のところにありました。
若倉雅登・名誉院長
例えば、うつ病や不眠などの精神医学的な不調が根底にあり、薬物治療を長く続けている場合などには、眼球の病気に由来しないのに眼球の病気かのような自覚症状が出ることがあります。まぶしい、目が痛い、目が疲れるなどといったことです。一定の年齢以上だと、診察用のスリットで観察すれば多少とも白内障が存在するので、そのせいで自覚症状が出るのだろうと考え、手術ということになりやすのでしょう。
白内障が原因でない不調だとしたら、白内障の手術後に不適応が出やすいのは当然です。図2で見た眼科手術後の不適応症例のうち白内障に限ると、その半数近くに「眼瞼(がんけん)けいれん」という病気が存在しました。文字通り読むと、まぶたがピクピクけいれんすることを連想するでしょうが、実際はそんな単純な病気ではありません。まぶしさや目の不快感、乾燥感、染みる感じなどが強く持続的に出て、目を開け続けることが困難になる病気です。同時に不安や不眠、うつなどの精神症状も出現します。病気の原因は目ではなく、実は脳の一部の誤作動と考えられますので、手術や点眼薬では治らないわけです。
正しい診断を得て適切な方針を立てることで、初めて改善を目指す道が見えてきます。(了)
若倉雅登(わかくら・まさと)
1949年東京都生まれ。北里大学医学部卒業後、同大助教授などを経て2002年井上眼科院長、12年より井上眼科病院名誉院長。その間、日本神経眼科学会理事長などを歴任するとともに15年にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、神経眼科領域の相談などに対応する。著書は「心をラクにすると目の不調が消えていく」(草思社)など多数。
(2022/10/03 05:00)
【関連記事】