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「えっ、そんなに報酬が低いんですか!」 第4回

 介護保険が始まって5年目の2005年、利用者宅を訪問するケアマネジャーを取材していて、介護報酬が話題になったことがある。介護報酬とは、国が定めた介護保険サービスごとの報酬だ。

利用者と一緒に作った居宅介護計画書(ケアプラン)に、承諾の印をもらう

 ◇あまりの低額に驚く

 北海道の小都市で工務店を営んでいる利用者宅だった。サービスを利用しているのは工務店の事業主である夫。介護をしている妻は経理事務で夫の経営をサポートしていた。

 妻からこんな質問が飛んで来た。

 「ケアマネジャーさんのお仕事に対して利用料は無料なんだけど、全額負担すると幾らになるのかしら?」

 ケアマネジャーの男性は「850単位です」と答えた。地域により若干の違いはあるが、1単位は約10円で約8500円となる。

 筆者は少し補足した。

 「8500円って、1カ月分の料金なんですよ」

 その利用者宅では、訪問看護ステーションのサービスを利用していた。

 「訪問看護は1回で8300円(60分未満)。つまり、訪問看護師さんの1回とケアマネジャーさんの1カ月の料金は、ほぼ同じなんです」

 「えっ、そんなに低いんですか!」

 経営の数字に明るい妻は腰を抜かさんばかりに驚き、「事業所の経営、やっていけないじゃありませんか!」と続けた。

 ◇兼業前提の介護報酬

 現在、ケアマネジャーの介護報酬である居宅介護支援費は、要介護1・2は1076単位、要介護3〜5は1398単位に増額されており、各種の加算も増えてはいる。しかし、担当件数の制限もあり、ケアマネジャー1人当たりの事業所収入は経営が楽になるほどに増えているわけではない。

 介護保険創設当時、実はケアマネジャーの介護報酬は兼業を前提に設計されていた。
当時の厚生省(現厚生労働省)の担当者は「業務内容に比べて介護報酬が低いのではないか」という質問に、「報酬額の設定に当たっては、在宅介護支援センターの委託費を一つの基準とした。つまり、ケアプランの作成料のみを総事業収入とするのではなく、相談業務などの兼務を念頭においている」と答えた。

 ◇介護報酬だけでは足りない

 在宅介護支援センターは、2006年に創設された地域包括支援センターの前身と言えるもので、看護師や社会福祉士らが配置され、地域の高齢者の相談窓口となっていた。

 介護保険を契機にケアマネジャーを配置する居宅介護支援事業所に転換するところが多く、従来業務の一部との兼業を前提にケアマネジャーの介護報酬が決められたわけだ。当時の資料を基に計算すると、兼務を前提にケアマネジャーの介護報酬では、事業所収入の65%を満たすにすぎなかった。

 ◇やがて前提は消え去った

 ところが、いつの間にかケアマネジャーの介護報酬議論から「兼業が前提」の考え方は消えていく。
上述の通り、ケアマネジャーの介護報酬は徐々に引き上げられていったものの、手元の計算によると、現在の基本的な介護報酬では、介護保険当初に想定された1人当たりの事業所収入670万円に170万円ほど足りないのだ。

 不足分を埋めるためには、さまざまな加算を集めていく必要がある。ところが、加算には国の望む方向に誘導する狙いがあり、一例を挙げれば、1人事業所を含む小規模な事業所は淘汰(とうた)されることになっていく。

 ◇小規模事業所を淘汰

 数ある加算の中に「特定事業所加算」がある。この加算には複数の種類があり、さまざまな算定要件が設定されている。ざっくり言えば、加算額を増やすためには大規模化が必須だ。

 過去の取材を通じて、自分の理想を求めて独立型の小規模事業所を開設したケアマネジャーに何人も出会った。その多くは「実力派」だった。ところが、小規模事業所が生き残るのは難しく、理想の事業所を店じまいした人も少なくない。

 ◇ジレンマ

 ケアマネジャーは「相談援助職」とも呼ばれる。利用者や家族と面接を重ねながら、こらからの生活をより良くするためのケアプランを利用者や家族と一緒に考えていく。その際に求められるのは「公正・中立」の姿勢だ。

 サービスを併設している事業所では、自法人が提供するサービスへの誘導を迫られることがある。

 ケアマネジャーの属する居宅支援事業所は赤字が常態化しているので、法人内の立場は弱い。「法人の会議に出るたびに、肩身が狭い思いをする」と嘆くケアマネジャーも多い。「赤字が解消できないのなら、法人のサービスをケアプランに入れろ」と営業職まがいの業務を迫られたりもする。

 理想はサービス事業所を併設しない独立型だ。しかし、独立しても経営は立ち行かないというジレンマがある。

 ◇独立型事業所の選択

 九州地方で独立型を貫いていた居宅介護支援事業所があった。ケアマネジャーたちは薄給に甘んじていた。経営者も持ち出しで経営をやり繰りした。しかし、赤字は解消しない。

 ある日、経営者は恐る恐る提案した。

 「このままでは、みんなに苦労ばかりかけるので、サービス事業所を開設しようか思うのだが、どうだろう?」

 公正・中立の理想を断念する提案であるため、経営者は反対されると思っていた。ところが、ケアマネジャーたちは口をそろえた。

 「どうぞ、開設してください!」

 ケアマネジャーたちは、あまりにも厳しい台所事情を十分に知っていた。

 厚生労働省は居宅介護支援事業所の公正・中立性を口を極めて推奨する。しかし、それを可能にする介護報酬には、いまだに到達していない。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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