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簡易宿泊所で老いる 第1回

 わが国の総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)は、2022年9月15日現在で29.1%。主要国中、断トツの1位だ。高齢化率は今後しばらく上昇を続け、団塊の世代が75歳以上になる25年には30.0%、団塊の世代ジュニアが65歳以上になる2040年には35.3%になると見込まれている(国立社会保障・人口問題研究所推計)。

 そんな中、これをはるかに超える勢いで高齢化が進んでいる地域がある。普通は山村の過疎地をイメージするが、都会の片隅にうずくまる簡易宿泊所街も高齢化が進み、住人の50%以上が65歳以上の高齢者という地域がある。

簡易宿泊所の前には無数の自転車が並んでいる(横浜市寿地区)=坂井公秋氏撮影

簡易宿泊所の前には無数の自転車が並んでいる(横浜市寿地区)=坂井公秋氏撮影

 ◇寿地区

 横浜の寿地区は、東京の山谷、大阪の西成と並ぶ「日本三大ドヤ街」の一つだ。

 おしゃれな元町、山の手地区の閑静な住宅街、にぎやかな中華街、歓声とどろく横浜スタジアム…。そのすぐ近くに寿地区がある。横浜市中区の寿町、扇町、松影町、長者町、三吉町の一部に及ぶ簡易宿泊所が密集する地帯である。

 戦後の復興期から高度成長期にかけて、港湾、土木、建築の日雇い労働市場としてにぎわい、労働者たちのその日の宿を供給するために「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊所が軒を並べるようになった。

 ◇急速に進んだ高齢化

 寿地区では、住人の高齢化が進んでいる。

 高齢化率が全国平均を超えたのは1995年ごろ。以降、高齢化は急速に進み、2013年には50%を超えた。

 横浜市によると、2020年時点での寿地区の高齢化率は54.2%。だが、このところ高齢化の伸びは止まっている。その理由について、「長生きしない人が多いから」と住人の一人がポツリと言った。

 ◇労働者の街から福祉の街へ

 高齢化に伴い、介護が必要な人も増えている。介護保険の要介護および要支援認定を受けている人が高齢者全体に占める割合は28.6%であり、全国平均18.7%を大きく上回る(2020年11月現在)。

 寿地区を歩くと、デイサービスセンターやホームヘルパーの事務所などの看板がやたらに目に映る。かつての労働者の街は、福祉の街へと様変わりした。

 ◇簡易宿泊所での暮らし

 寿地区には約120軒の簡易宿泊所があり、約5900人が暮らしている。このうち、生活保護を受けている人は約8割。数年前に取材した時には、1フロアすべてが寿地区の担当者というケースワーカー室があった。

 この地区の簡易宿泊所の多くは、6~10階建ての鉄筋コンクリート造り。1部屋3〜4畳程度で、エアコン、冷蔵庫、テレビが備え付けられている。増加する要介護高齢者のためにベッドの持ち込みを考慮したフローリング床、バリアフリー、エレベーター設置の宿泊所も増えている。宿泊料金は生活保護住宅扶助特別基準に合わせた設定が多い。そんな中、住宅扶助費の引き下げや特別基準額の見直しにより、最低宿泊料金を引き下げた宿泊所も少なくない。生活保護受給者の受け入れが宿泊所の生命線なのだ。

 法制度上の位置付けは旅館。しかし、生活保護者の住まいとなっているケースがほとんどだ。なお、簡易宿泊所の住人は圧倒的に単身男性が多い。では、どのような要介護高齢者が住んでいるのだろうか?

 ◇ギャンブラーAさん

 60代のAさんは、若い頃バーテンダーとしてシェーカーを振っていた。無類のギャンブル好きで、雀荘を経営したこともあった。60歳を前にしてパチンコ店で脳梗塞に倒れ、半身まひの後遺症が残った。蓄えはなく、生活保護の受給者となり、ケースワーカーに紹介されてこの地の住人となった。介護保険の訪問介護を利用している。

 肝臓が悪く、医師から禁酒を言い渡されている。訪問したケアマネジャーが「お酒は飲んでいないですよね」と問うと、「もちろん」と即答した。ところが、テーブルに置かれたティッシュペーパーの箱の後ろにカップ酒がこっそり隠されていた。

 ちなみに、この街には「ノミ屋」がある。ノミ屋とは、競馬・競輪・競艇などの非合法な投票券場外売り場だ。Aさんにノミ屋に通っているかどうかを聞いてみたが、「え、そんな所があるんですか?」ととぼけられた。

 ◇「孫が医者」と語るBさん

 70代のBさんは、建築コンサルタントとして全国を股にかけて講演や研修を行ってきた。社交ダンスで知り合った女性と結婚。3人の子どもがいる。宿泊所の壁には、仕立ての良い服がずらりと掛かっている。テーブルの上には、ウイスキーのVSOPのボトル。

 50歳で緑内障を発症。失明寸前まで症状が進んだ。家族と別れ、生活保護を受給する身となり、寿地区にやって来た。その経緯についてBさんは多くを語らない。

 今は、障害福祉制度のガイドヘルパーと介護保険制度の訪問介護を利用する。自慢は、孫が医者になったこと。しかし、生活保護の受給に当たっては、孫にも援助の可否を問う扶養照会が行われる。本人が医師だと自慢する孫から扶養を断られた理由については口を閉ざした。

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