ダイバーシティ(多様性) 障害を持っても華やかに
聞こえない私が働いて知ったこと (ソニー出身、デフサポ代表取締役 牧野友香子)【第3回】
◇社会人になって、新しく知ることがいっぱい!?
そんな私にとって次のターニングポイントは就職。
聴覚障害がありながらも、これまで周りの友人たちと一緒に肩を並べて勉強してきた私にとって「普通に聞こえる人と一緒にスキルを上げたい、キャリアアップをしたい」と考えるようになるのは必然でした。
そうして障害者採用ではなく、一般採用も受けた中で、一番本命のソニー株式会社に就職を決めました。フリーダムなソニーの社員に一番身近で関われる仕事がいい!と訴え、念願の人事をやらせてもらえました。先輩方にもかわいがっていただき、仕事の基礎を一から教えてもらい、障害関係なく一社会人として鍛えていただきました。
ソニー勤務時代
◇聞こえる人は上司の機嫌をどうやって把握している?
そうそう、新入社員の私にとって、会社に入ってカルチャーショックだったことがたくさんあります。そのうちの一つ、「聞こえる人は上司の機嫌が悪いのを分かる!」という話をきょうはさせてください。
当時、部長の隣に座っていた私、気軽に部長に話しかけて機嫌が良いときは、いろんな話で盛り上がるものの、機嫌が悪いときは、そっけな〜い返事を返されます。
ある時、はっ!と気が付きました。部長の機嫌が悪いときは、同僚の誰一人書類などを持って来ないのです。
顔を見て話してみて初めて、あれ?機嫌悪い?と感じることはできても、隣で仕事をしているだけでは私には全くわかりません。うーん、なんでみんな機嫌が悪いのが分かるんだろう…先輩に聞いてみても「え?なんとなく分かるよ〜」と言われ、ずっと観察をしながら考えていました。
その結果、気付いたんです!
もしかして、聞こえる人はいろんな音の情報を基に判断しているのかも!と。
例えばキーボードをたたくときの音、声のトーン、いすに座るときの音、書類のまとめ方、足音…など多くの情報を無意識に判断して、あっ、今は機嫌が悪そう、と判断しているんじゃないのかな?と気付いたのですが、聞こえる人ってめちゃくちゃすごい!これを全部、無意識に判断して処理までやっているんだ!と感動したことを今でも覚えています。
ソニー勤務時代、仕事中の牧野さん
◇声の大きさを場面に応じて調節できない
私が働いている階の一つ上が社長・役員フロアでした。そして私の所属していた課はお堅い部署の中でも仲が良くて、自由にいろいろ先輩たちとも話せたのですが、そんな私は知らず知らずにやらかします。
「ね〜!課長〜!聞いてくださいよ〜!!」
「どうした?」「こんなことがあって…!」と言いながら「あはははは!」と大笑いしていたんですね。
その直後、上の役員室フロアで働いている同期からチャットが来ました。
「おい、ユカコ。ユカコの声、役員フロアにも響き渡ってるぞ!笑」
デスクでそのチャットを見た私。
えっ!!!そ、そんなに声大きかった?と顔面蒼白(そうはく)になりました。
「課長、私の声そんなに大きかったです…?」
「うん、めちゃくちゃ!」
「え〜注意してくださいよ〜!」
「楽しそうだったから、まあいっかって」
と、その時は事なきことを得たのですが、そこから同期に聞きました。
「吹き抜けがあるとは言え、ワンフロア上に聞こえるって私の声でかすぎる?」と。
「普段は元気だな〜という感じだけどテンションが上がると大きい!」と言われたのです。
そこから、TPOをわきまえないといけない場では気を付けるようにしているものの、耳で自分の声を聞くことができない私は、声のボリュームを調節するのがいまだに苦手です。
最近は、事前に「私、自分の声を聞けないからボリューム調節が苦手なんです!なので声がでかすぎたら、さっと注意してくださいね〜!」と言ってから打ち合わせなどをするようになりました。
ボールペンに音があるなんて…
◇ボールペンのカチカチって不快な音なの?!
ある日プレゼン資料をどうするか考えていたら、突然、すごい形相で男の人がやってきました。
「ちょっと!ずーっと我慢していたんだけど、その音本当にうるさい!」
「えっ!何の音ですか?!」
「ボールペンをカチカチって!失礼だし、やめなさい。」
・・・ええええ!!!!!
ボールペンのノック音ってうるさいの!?音がなるの?!
とびっくりした私、
「ボールペンって、音がするんですか・・・?!知らなかった〜!!!」と。その横からセンパイが慌てて
「あ、この子、耳が聞こえていないんです。すみません!」と。その発言にわれに返って、
「失礼しました!申し訳ございません」と慌てて謝った経験があります。
私はそれまで考え事をしながらボールペンをカチカチ、カチカチ、、、と鳴らす癖があり、周囲の先輩たちはそれに慣れてしまっていて注意をしなかったんですね。
ボールペンに音があるなんて、その時まで思いもしませんでした。
注意してくださった方は違う部署で、私が聞こえないことを知らなかったため、ストレートに注意してくださったのですが、本当にそういった小さなモノですら”音が鳴る、しかも不快な音”ということを知ってから、いろんな身の回りの音を確認するようになりました。
大人になったらそういった不快だな〜と思う音も、本人には伝えないことが多くなると思うので、できるだけ敏感に音に対してのアンテナを張っておく必要があるな、と知るきっかけになったので感謝している出来事です。(了)
▼牧野友香子(まきのゆかこ)さん略歴
株式会社デフサポ 代表取締役
生まれつき重度の聴覚障害があり、読唇術で相手の言うことを理解する。
幼少期にすごく良いことばの先生に出会えたことでことばを獲得し、幼稚園から中学まで一般校に通い、聴者とともに育つ。
大阪府立天王寺高等学校から神戸大学に進学し、一般採用でソニー株式会社に入社。
人事で7年間勤務。主に労務を担当し、並行してダイバーシティの新卒採用にも携わる。
第1子が50万人に1人の難病かつ障害児だったことをきっかけに、療育や将来の選択肢の少なさを改めて実感し、2017年にデフサポを立ち上げ、2018年3月にソニーを退職し、聴覚障害児の支援に専念。デフサポでは聴覚障害児の親への情報提供、ことばの教育、就労支援を中心に実施。
2020年より多くの人に難聴に興味を持ってもらいたい!とYouTubeでデフサポちゃんねるをスタートする。
(2021/03/01 05:00)
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