食事 家庭の医学

解説
■健康と食事
 人間は毎日成長し、組織の修復をし、また体温を保ち、呼吸をし、血液を循環させて新陳代謝をおこなっています。このためにはエネルギーが必要ですが、このエネルギーはすべて食物から補給されます。もし、なんらかの理由で食事がとれなくなった場合、新陳代謝を維持するのに最低限必要なエネルギーは、すでにからだに蓄積されている脂肪から補います。このためにからだはやせていきます。発展途上国の飢餓のニュースからも知られるように、栄養不足は死につながります。また栄養状態がわるい場合には、病気にかかっても重症になり、なかなか治りません。
 いっぽう、先進国ではこれとまったく反対のことが起こっています。先進国では栄養失調よりも、食事のとりすぎや栄養の偏りによる肥満、糖尿病、脂質異常症などが問題となっています。そしてこれらは動脈硬化高血圧、さらには心臓病や脳血管障害などの生活習慣病の原因となりますが、わが国でも例外ではありません。
 このように、食事と健康の間には密接な関係があり、今後わが国では食事がますます大きな健康上の問題となることは十分予想されます。ふだんからよい食事をして体力をつけるとともに、栄養のとりすぎによる疾病の予防に気をつけた食事が必要となります。

■エネルギー源としての栄養素
 力や体温のもとがエネルギーです。わたしたちは、なにもしないで寝ているだけでも体重1kgあたり1時間で約1kcalのエネルギーを消費しています。体重50kgとすると1日で1200kcalです。この生命を維持するために最低必要なエネルギーのことを基礎代謝といいます。からだを動かすと、さらにエネルギーが必要となります。ふつうは1日に2000kcalくらいは必要です。食事がとれない場合は、からだの成分である脂質や筋肉のたんぱく質を分解して、エネルギーとして使います。なにも食べないとやせて弱ってくるのはこのためです。また逆に食事をとりすぎると、余分なエネルギーは脂質として蓄えられます。肥満はからだの脂質が多すぎる状態です。
 エネルギー源となる栄養素は、炭水化物と脂質とたんぱく質の3つです。それぞれ1gで4、9、4kcalのエネルギーになります。脂質は1gあたりのエネルギー産生量が高いので、脂質の多い食事は量が少ないにもかかわらず、高エネルギーとなり、腹もちがよく、また肥満の原因ともなります。
 むかしの日本人の食事は、そのエネルギー源の大部分を炭水化物から補っていましたが、戦後食生活の欧米化とともに、たんぱく質や脂質の摂取がふえ、あらたに欧米型の肥満や栄養過多にもとづく疾病の出現が問題となってきました。特に、肉の脂肪やバター、卵や生クリームなどはコレステロールに富んでおり、血液中のコレステロールを上昇させ、動脈硬化、ひいては心筋梗塞などの冠動脈疾患や脳卒中をひき起こすことになります。
 逆に、植物性の油(サラダ油や天ぷら油など)は血清コレステロールを低下させる作用がありますし、イワシやサンマなどの青魚の油はコレステロールを下げるのみでなく、心筋梗塞や脳血栓の原因である血管内での血栓の形成を防ぐ作用があることが証明されています。なお、マーガリンは植物油を原料としてつくられ、以前はバターよりも健康によいとされていましたが、マーガリンの中に含まれるトランス脂肪酸がかえって心臓病のリスクをふやす可能性が指摘されています。
 砂糖もでんぷんもすべて炭水化物です。なかでも砂糖やはちみつなどの甘い糖は、吸収が早く、疲れたときなどには早く元気を回復しますが、必要のないときに食べすぎると、肥満や糖尿病の原因となります。日本人は古くから米を主食としてきましたから、いまでも欧米人ほど脂質のとりすぎにはなっていませんが、食生活の欧米化によってしだいに脂質中心の食事に変わりつつあり、これ以上米の消費を減らしてはならないところまできています。
 たんぱく質はエネルギー源にもなりますが、からだの主要な構成成分であり、毎日その一部が分解されるので、それを補わなければなりません。たんぱく質の必要量は1日体重1kgあたり1.2gです。たんぱく質には、体成分になりやすい質のよいものと、逆にあまり体成分に利用されないものがあります。卵をはじめとする動物性たんぱく質は良質のたんぱく質です。
 いっぽう、穀物や野菜のたんぱく質はあまり質がよくありません。エネルギー源としては利用されますが、体成分を補う、あるいは成長を助けるという意味ではあまり重要ではありませんので、たんぱく質摂取に関しては必ず良質の動物性たんぱく質をいっしょに食べる必要があります。

■その他の栄養素
□ミネラル
 人間に必要なミネラルは15種類ほどあります。そのなかでも日常の食生活上注意しておかなければならないのが、カルシウム、食塩と鉄分です。
 カルシウムは日本人にはむかしから不足気味で、そのために身長が小さいともいわれています。特に妊婦、授乳婦と50歳以上の女性では不足しやすく、老年期の骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の原因となります。カルシウムのもっともよい補給源は牛乳です。
 日本人は食塩を必要以上にとっています。特に北関東や東北地方は歴史的に食塩摂取量が多く、1950年代の東北地方の食塩摂取量推定値は1日25gにも達していたとの報告があります。最近では減塩運動や薄味ばやりで食塩の摂取量は減っており、現在の日本人の平均的な食塩摂取量は約10gまで低下しましたが、それでもまだまだです。食塩摂取量と脳卒中の発生率に密接な関係があるのは興味ある事実であり、食塩の摂取過多は食生活の後進性を示しているともいえます。
 食塩の必要量はWHO(世界保健機関)では1日5.0gといわれ、日本人の食事摂取基準(2020年版)では、食事摂取基準の目標量である成人男性7.5g未満/日、成人女性6.5g未満/日と改定しています。さらに日本高血圧学会では、高血圧の人の食塩摂取量の目標値を1日6g未満としており、また心臓病や腎臓病などのようにからだに浮腫(むくみ)の出る病気ではさらに厳密な食塩制限が必要です。
 鉄分は、現在日本でもっとも欠乏症の多い栄養素の一つといってもよいでしょう。鉄は赤血球の中のヘモグロビンの成分で、血液の酸素運搬に本質的な役割を果たし、ミトコンドリア機能を通じて細胞のエネルギー代謝の維持にも重要です。鉄が不足すると、ヘモグロビンが減少し、血は薄くなって貧血となりますが、貧血までに至らない鉄欠乏でも心不全や腎臓病の悪化要因となることも最近知られるようになりました。ヘモグロビンが減少し男性で13g/dL未満、女性で12g/dL未満を貧血といい、動いたときの息切れや動悸(どうき)、眼前暗黒などの症状が出てきます。
 女性は月経で鉄分が失われるために、貧血が起こりやすくなっています。鉄分の多い食物としては、レバー、豆腐やホウレンソウなどがありますが、鉄分はビタミンCがあると吸収がよくなりますので、野菜といっしょにとるようにします。

□ビタミン
 ビタミンはからだにとって、機械を動かすための潤滑油のような役目を果たしています。ビタミンには多くの種類がありますが、そのなかで欠乏症をきたしやすいのはA、B1、B2、Cの4つで、そのほかに最近ではビタミンEが注目されています。
 ビタミンAは、欠乏すると夜盲(やもう)症になることで有名ですが、ほかに肌や粘膜の健康を守り、かぜなどにかかりにくくします。ビタミンAは、ホウレンソウやニンジンなどの緑黄色野菜に含まれるカロテンという物質から体内で変換されます。野菜の摂取が少ない人はビタミンA欠乏に注意しましょう。
 ビタミンB1は炭水化物からのエネルギー産生に必要で、これが欠乏すると脚気(かっけ:ビタミンB1欠乏症)という病気になります。最近でこそ脚気は少なくなりましたが、第二次世界大戦前はきわめてよくみられた病気であり、疲れやすくなり、便秘をしたり、ついには手足がむくんだり、手足がまひしたりします。
 特に心臓のはたらきが弱り、息切れやむくみなどの心不全症状が出た場合を心臓脚気といい、意識障害やふらつきなど脳に障害が及ぶ場合をウェルニッケ脳症といい現代でも散発例がみられています。最近でも偏った食事をしたり、アルコール摂取の多い人ではB1が欠乏することがあるので注意が必要です。
 ビタミンB2も日本人に不足しがちです。B2欠乏症では成長が遅れたり、口角炎になったりします。ビタミンB2は牛乳や卵で供給されます。
 ビタミンCは壊血(かいけつ)病を防ぎ、ストレスに対する抵抗力を増します。日本人は一応は足りているのですが、野菜・果物がきらいな人では不足することがあります。葉菜類に多く含まれますが、熱に弱く破壊されますので、調理に注意が必要です。ビタミンCは果物にも多く含まれます。
 ビタミンDはカルシウムの吸収や代謝に必要なビタミンで、これが不足すると「くる病」という骨の病気になります。ふつうの人は日光浴など紫外線に当たることによって自然に体内でつくられますが、屋外に出ない乳児や病人では、時に肝油などで補う必要があります。
 ビタミンEには体内での脂肪の過酸化を抑えるはたらきがあることから、老化を防止する効果が注目されています。また、生殖機能にも重要な役割を果たしています。とりわけ多く含む食品はありませんが、穀類(特に胚芽の部分)、種子類、大豆製品などに比較的多く含まれています。

(執筆・監修:自治医科大学附属さいたま医療センター 総合医学第1講座 主任教授/循環器内科 教授 藤田 英雄)