認知症の人が1人で困っていたら、気軽に声を掛けてほしい―。そんな思いを込め、愛知県大府市は、当事者が身に着けるオレンジ色の「認知症ヘルプマーク」を作成した。提案したのは列車事故で父を亡くした同市の高井隆一さん(74)。「全国に広がり、同じ悲しみを味わう人が一人でも減ってくれれば」と願う。
 東京都が作成し、広く使われている赤色のヘルプマーク同様、外見からは気付かれにくいが手助けや配慮が必要なことを示す。「共生社会の実現」を掲げた認知症基本法が施行され、初めての「認知症の日(世界アルツハイマーデー)」を迎えた21日、市内のイベントで披露された。
 事故は2007年12月、同市のJR共和駅で発生した。認知症で要介護4だった高井さんの父=当時(91)=は夕方、在宅介護していた母がまどろむ間に外出。ホーム端の階段から線路に降り、通過電車にはねられた。
 JR東海は事故後、高井さんと母に監督責任があるとして、振り替え輸送の費用など約720万円の賠償を求めて提訴。一審名古屋地裁は2人に全額の支払いを命じた。「家に閉じ込めておけと言うのか」。高井さんらは最高裁まで争い、16年に逆転勝訴した。
 父の服や帽子には当時、名前と連絡先を書いた布を縫い付けていたが、事故は防げなかった。「認知症と分かれば、助けてもらえたのではないか」。高井さんは自らの経験について各地で講演し、赤色のヘルプマークの活用を勧めていたが、「優先席を譲ってほしいわけではないし、認知症と結び付かない」との思いもあった。
 昨年9月に大府市の岡村秀人市長と対談した際、認知症支援のシンボルカラーであるオレンジ色のヘルプマーク作成を提案。市は思いに応え、デザインを公募してストラップ付きのパスケースを作った。
 オレンジ色のケースに、認知症の人に優しく手を差し伸べる様子を抽象的に表現。名前や連絡先を書いたカードを入れ、首から掛けたりかばんに付けたりして使う。
 今月下旬までに計500個製作し、希望する市民に配る。他の自治体にデザインを無償提供するほか、市民以外にも支援団体などを通じて販売するという。
 イベントに出席した高井さんは「認知症の人が1人で出歩いても家族が不安にならないような社会にしたい。共生に向けた一つのツールになれば」と話した。 (C)時事通信社