医学トップの視座

産学公連携で地域活性化
学生の研究マインドを育成―山口大学医学部

 ◇自由に研究できるコースを充実

 学生のリサーチマインドを育てるための環境づくりにも力を入れている。研究の準備段階として、実験の基本的技術を身に付ける「Open Science Club」を設置。「高度自己修学コース」の中核を占める「自己開発コース」は、1996年からすでに20年以上の実績があるもので、3年生の夏休み前から約5カ月間、研究だけに没頭できる。

山口大学医学部

 「ここでこんな研究をしたいというプログラムを自分で作って審査を通れば、学内に限らず日本中どこで研究してもよいことにしています。海外に出ていく学生も毎年10人程度います」

 引き続き研究能力を高めたい学生には「高度学術医育成コース」に進み、研究成果を論文にまとめ、雑誌に投稿できるレベルまで仕上げる。

 谷澤医学部長は、「医師は常に分からない病気に直面する可能性がある。そのたびに自分で考え、治療法を見いだしていかなければなりません。研究者にならずに臨床医になるとしても、研究的な視点は必要です」と指摘する。

 ◇内分泌代謝に魅せられ

 谷澤医学部長は和歌山県の出身。甲子園での野球に憧れ、ウィンブルドンのテニスに夢中になりつつ、川魚や昆虫を追いかけて少年時代を過ごした。高校に入ると、弁護士、原子力工学、航空工学など幅広い分野に憧れを抱いて、勉学に励むようになる。医学部進学を決めたのは、高2になってから。

 「よく学生の面接をすると、祖母が病気でいいドクターがいて…という話を聞くんですが、私の場合、特にそんなことはなくて。生物学に興味があって、人を相手にするのも好きだし、サイエンスとヒューマニティーの融合という点に魅力を感じました」

 山口大学医学部に入学、卒業後は地元に戻るつもりだったが、内分泌代謝の世界に魅せられ、大学院へ。「技術的に未熟だから、なかなか思ったとおりの結果が出ないし、論文をまとめるのに苦労しましたが、研究はものすごく楽しかったですね」

インタビューに応える谷澤幸生医学部長

 ◇臨床医から最先端研究へ

 卒業後は臨床医として働いた。「それはそれで楽しくて、没頭しました」と谷澤医学部長。どんな仕事でも目の前のことを楽しみ、全力投球していると、チャンスは向こうからやってくるのだろう。30歳でアメリカに留学し、再び研究生活に入ることになる。

 当時はまだ糖尿病の遺伝子が解明されておらず、インスリンの発現や分泌を調節する遺伝子を候補に糖尿病遺伝子をみつける研究に取り組んだ。。共同研究者の論文が、科学雑誌「Nature」に掲載されるなど、最先端の研究の場に身を置いている高揚感もあった。

 「大学院時代にできなかったことが、うまくいくようになって、実験そのものが楽しくて仕方なかった」という谷澤医学部長。2年の予定を1年延長して帰国。日本に戻ると、大学の仕事に時間をとられ、思うように研究に時間を費やせなくなったが、やりがいも感じているという。

 ◇探究心を持ち続ける

 「基本的に大学で若い人たちと関わるのは好きです。自分も気持ちだけは若いつもりでいるので、ときどき自分の姿を鏡や写真で見ると、びっくりします」と笑う。

 学生たちに期待するのは「科学的探究心を持ち続けること」。どんなに医学が進歩しても、まだ治療できない病気はたくさんある。現在の医学で治せないものでも、どうすれば治せるのかを考える姿勢を持つことが大切だと谷澤医学部長は強調する。

 「かつては発病して1年後に亡くなっていたⅠ型糖尿病もインスリンを投与することで生きられるようになり、インスリンを発見した人は直ちにノーベル賞を受賞しました。まだ若い学生たちには、新しい発見をする可能性がたくさんある。それを山口大学で実現してくれたら、うれしいです」(医療ジャーナリスト・中山あゆみ)

【山口大学医学部 沿革】

1944年 山口県立医学専門学校設置
  49年 山口県立医科大学設置
  58年 山口県立医科大学大学院医学研究科設置
  64年 山口大学医学部創設(国立移管)
2000年 医学部に保健学科設置
  01年 医学研究科に応用医工学系独立専攻設置
  05年 医学系研究科に改称、保健学専攻設置
  06年 医学系研究科再編応用分子生命科学系専攻設置
  16年 医学系研究科を医学専攻、保健学専攻の2専攻に改組
  18年 医学系研究科・医学部付属病院AIシステム医学・医療センター設置

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