研修医こーたの出来たてクリニック
「因果の誤謬」で危険イメージ
子宮頸がんの予防ワクチン
子宮頸(けい)がんを予防し、中咽頭がんや肛門がんへの予防効果も期待されているヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン(子宮頸がんワクチン)。接種後に副作用のような症状が出るという報道がされ、接種率は1%未満に低下してしまいました。その後、統計学的に「ワクチンと症状には関係性があるとは言えない」と示されましたが、センセーショナルな報道をしたメディアの影響力は大きく、子宮頸がんワクチンは危険であるというイメージが定着しています。
因果関係は統計的に比較しないとわからない
◇交通事故の原因は黒猫?
この問題の根本は一体何なのでしょうか。それは、多くの人が「前後即因果の誤謬(ごびゅう)」についての知識を持ち合わせていなかったのが要因と私は考えています。
「前後即因果の誤謬」はラテン語(post hoc ergo propter hoc)に由来する表現で、あまり聞き慣れないかもしれませんが、AとBという事象に前後関係がある場合にAをBの原因だと誤認してしまうことです。わかりやすく言うと「Aが起きた後にBが起きた。よってBの原因はAだ」と間違って解釈してしまうことです。
当然、Aという事象の後にBという事象が起きたからと言って、AがBの原因であるとは言えません。例えば、黒猫を見た数分後に交通事故に遭ったからといって、交通事故は黒猫のせいだとは言えないでしょう。
◇因果関係を調べる
このように前後関係があるからと言って、そこに因果関係があるかないかは分かりません。因果関係を調べるためには、統計学的に明らかにする必要があります。
黒猫を見た集団と見なかった集団において、その後に交通事故に遭う確率に差があるのかないのかを比較します。黒猫を見た人と見なかった人で、交通事故に遭う確率に優位な差が認められたならば、黒猫を見ると交通事故に遭いやすくなると言えます。優位な差が出なかったのであれば、黒猫を見たからと言って交通事故に遭いやすくなるとは言えません。
◇子宮頸がんワクチンの場合は?
子宮頸がんワクチン問題では「前後即因果の誤謬」が起きています。ワクチン接種と副作用のような症状の出現に前後関係があることから、症状の原因はワクチンだと誤って解釈しているのです。
本当に因果関係があるのかを調べるために、世界中でさまざまな研究が行われ、「統計学的に因果関係があるとは言えない」と結論づけられています。その一つの研究である「名古屋スタディ」では、ワクチンを接種した日本人としなかった日本人に、それぞれ症状がどの程度の割合で出たのかを比較しました。この研究でも優位な差は認められなかったのです。
◇インフルエンザ治療薬でも
このような誤解は子宮頸がんワクチンだけでなく、インフルエンザ治療薬のタミフルでも起こりました。「タミフルを内服した後の異常行動はタミフルのせいだ」と短絡的な報道がされ、タミフルは危険というイメージが日本中に広がりました。
現在この誤解は解け、異常行動はタミフルのせいではなく、インフルエンザの症状によるものであると結論づけられました。しかし、いまだにタミフルは危険であると信じきっている人もいるのではないでしょうか。
今後も同じような誤解が原因で、有効な人類の医学発明が一部の科学的でない人によってねじ曲げられてしまう事態が起きるでしょう。「前後関係があるからと言って、因果関係の有無は分からない。統計的に比較することが大切である」。このことを多くの人に知っていただければと切に願っております。(研修医・渡邉昂汰)
*参考文献*
Sadao Suzuki.; Akihiro Hosono. No association between HPV vaccine and reportedpost-vaccination symptoms in Japanese young women: Results of the Nagoyastudy.Papillomavirus Research. 2018 January, Volume. 5, pages 96-103, doi:10.1016/j.pvr.2018.02.002.
(2019/12/23 11:00)