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医師として他人思いやる気持ち重視
~研修は全国最大規模の附属病院―名古屋市立大学医学部~

 名古屋市立大学医学部の歴史は、1943年に設置された旧制の名古屋市立女子高等医学専門学校に始まる。その後、旧制の名古屋市立大学医学部を経て52年に現在の新制医学部となった。昨年、名古屋市立東部・西部医療センターの2病院が医学部附属病院となり、全国国公立大学病院の中で最大規模に。髙橋智医学部長は「医師になるためにはある程度の学力は必要ですが、他人を思いやる気持ちや日常の学習態度の方がむしろ重要。医師を目指す学生にはプロフェッショナルとしての自覚を持ってほしい」と話す。

名古屋市大の髙橋智医学部長

名古屋市大の髙橋智医学部長

 ◇まず感染症の知識と心構え

 新型コロナウイルス感染症は次から次へと変異株が登場、長期戦を強いられている。

 「1月からオンライン授業をやめて、全面的に対面授業を開始したところですが、新型コロナウイルス感染症まん延の兆しが見えてきたため、すぐにオンラインと対面のハイブリッドに戻しました。先が読めなくて本当に困ります。講義中は問題がなくても、授業終了後は廊下で集まって話をしたり、エレベーター内の密な状態で会話をしたりするため、大学内における感染リスクをゼロにすることは非常に難しいです」

 学生が学外の生活でも感染のリスクを避けるには、どのような生活をすればよいのか。臨床実習が始まる前に、附属病院の感染症室の教員が専門的な知識と心構えを講義して備えている。

 ◇医・薬・看合同の地域実習

 教育カリキュラムでは、他職種連携教育の一環として医・薬・看連携地域参加型学習を展開している。医・薬・看3学部の学生が参加し、地域実習を行う独自の取り組みだ。

 「学生自身が計画を立てて、地域の高齢者施設や村役場などに足を運んでインタビューをし、問題点や課題があれば、それに対する解決策を考える。最終的には、その内容をポスター発表します。1年生の新鮮な時期に医・薬・看を一緒にする、早期曝露のようなもの。職種を超えた横のコミュニケーションを取ることで、チーム医療を学ぶことにつなげていきたい」

 実習を通して地域への理解が深まり、社会貢献の視点が持てるようになる。卒業時の到達目標に掲げている「社会における医師」としての自覚を促す狙いもある。

名古屋市大のキャンパス入口

名古屋市大のキャンパス入口

 ◇医療技術学ぶサークル活動

 医療に関するサークル活動が複数あり、活発に活動している。救命救急サークル「MeLSC」は、救命救急医の指導に基づいて、人工呼吸や心マッサージなど一次救命処置がきちんとできるよう、知識や経験を深めることを目的としている。70~80人が参加する。

 救命救急センターで学生アルバイトとして医師、看護師のアシスタントをするドクターエイド制度も、救命救急の現場を学ぶことができるため人気だ。

 BRJ(Beyond the Resident Project)活動は、医師として必要となる基本的な臨床スキルを学生のうちに学びたいという学生の声に応えてできた。

 北アルプス蝶ヶ岳山頂に夏期シーズンに設置されるボランティア診療所には、医療スタッフが常駐し、負傷した登山者の治療を無料で実施している。医学部、看護学部、薬学部をはじめとした多様な学部の学生が1週間交替で参加する。

 「サークル活動なので強制ではありません。やる気のある学生が自主的に行い、非常に活発に活動しています」

 ◇研究志向学生を積極募集

 一般入試、地域枠のほかに、学校推薦型選抜枠30人を設け、多様な入試形態をとっている。将来的に指導的立場で活躍できる人材を求める「中部圏活躍型」(27人)、名古屋市立の高校から学校長の推薦で名古屋市に貢献する人材を求める「名古屋市高大接続型」(3人)の2種類がある。

 「中部圏活躍型は、研究心があって臨床的スキルも十分に備え、リーダー的な立場で頑張っていただける人を育てていこうというもの。将来的に大学教授になるような人を求めます」

 医師の中でもリーダー的存在になるためには、研究が不可欠。近年、大学院に進学する学生が減少傾向にあり、研究志向の学生を積極的に募集していく方針だ。

 「ほとんどの学生が臨床医になります。臨床の現場でも常に探究心を持ち、疑問に思うところを調べようとする研究力を育てていきたい」

国内最大規模の附属病院

国内最大規模の附属病院

 ◇研修医に豊富な選択肢

 附属病院は診療科が非常に細かく、32に分類されている。学生には、いろいろな科を選択して、より自分の希望に合うところで研修できるというメリットがある。

 「多様な選択肢が外部から見ると魅力のようで、初期研修は外部からの希望者が多く、マッチング率はかなり高いです。今後は、1800床という全国国公立大学病院で最大規模のスケールメリットを生かして、さらに研修を充実させていきたい」

 ◇留学中の強烈9・11体験

 髙橋医学部長は名古屋市立大学医学部の出身。小中学校の教員になりたいと思っていた時期もあったが、紆余曲折を経て医学部を選んだ。入学当初から研究医志向だったという。

「父親が工学の研究に携わっていたことも影響していると思います。分野は特に決まっていませんでしたが、何らかの研究がしたいと思っていました」

 病理の道に進んだのは「病理組織を見るのが絵を見る感覚と同じで、面白いと感じたから」。「もともとフェルメールなどの絵画鑑賞が好きで、パターンを読む病理診断の仕事にすんなり馴染めた」と言う。

インタビューに応じる髙橋医学部長

インタビューに応じる髙橋医学部長

 「病理診断は患者の治療方針を立てる上で非常に重要です。そこに貢献できるのは裏方ですが、面白いですね。実際、臨床の先生とカンファレンスをやっていると、治療方針のところで病理がかなり深く関与してくるので、やりがいを感じます」

 仏の世界保健機関(WHO)のがん研究施設で1年間、環境物質の発がん性評価に携わったほか、米国立衛生研究所(NIH)に約2年半留学した経験がある。

 米国留学が始まった3カ月後に9・11(同時多発テロ)に遭遇。一生忘れられない強烈な体験をした。「あの時、攻撃を受けた国防省の横のラボで猿の解剖をやっていました。テロが起こった、ハイジャックがあったと大変な騒ぎになりました。ラボから帰る時には国家非常事態宣言が出ていたため、高速道路には車が1台も走っていなかったのは衝撃的でした。翌日からはパールハーバー(真珠湾攻撃)の再来だと言って、みんなで米国旗を振りかざしたりした。日本人としてはとても辛い思いをしました」

 ◇日常の態度重視

 卒業時の到達目標に「プロフェッショナルとしての医師を育てる」とある。プロフェッショナルな意識を持った行動がとれない学生は、学力があっても留年させるという。

 「臨床実習において講義中に寝ている、遅刻するなど、態度の悪い学生がわずかですが毎年います。うちの病院は接遇面でも高い評価をいただいているので、普段からの態度は学力よりも重要視します。もちろん、いろいろ指導に手は尽くしますが、何度注意しても変わらない学生は、卒業させるわけにはいきません。医師になるための自覚を持てれば、矯正はできると思うので、学部生のうちにしっかり教育したいと思います」


 髙橋 智(たかはし・さとる) 1987年名古屋市立大学医学部卒業、91年同大大学院医学研究科修了(医学博士)。2012年同大大学院医学研究科実験病態病理学教室教授、同大副理事、学長補佐などを経て21年4月から現職。


【名古屋市立大学医学部 沿革】
1943年 名古屋市立女子高等医学専門学校開校
  50年 名古屋市立大学(旧制)を設置
  66年 新病院(川澄キャンパス)開院
  96年 医学研究科・医学部研究棟 竣工
2004年 附属病院病棟・中央診療棟の稼働開始
  07年 附属病院外来診療棟 開院
  21年 名古屋市立東部・西部医療センターの2病院が医学部附属病院となる

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