Dr.純子のメディカルサロン

ありがとうは幸福感を上げる
~感謝の気持ちと心の健康の関係~

 「ありがとうを言わない人っていますね」産業医の面談をしていてよく聞くのは、こんな訴えです。ありがとうの効用を考えてみましょう。

(文 海原純子)

ありがとうをカードで伝えることもできます

ありがとうをカードで伝えることもできます

 ◇上司や夫の無反応という問題

 予定外の仕事を急に振られて頑張って仕上げたのに、翌朝提出しても一言のねぎらいの言葉もなく「当たり前」という態度でがっかり。ありがとうと言われたくてやっているわけではないけれど「当たり前だ」という態度は悲しい。「一言あってもいいんじゃないかと思うけど」。こういう上司がいると職場の雰囲気が悪くなるものです。

 家庭でも同じようなことがあります。ちょっと凝った料理を作ったけれど無反応の夫。感謝の言葉など言われたことがない、ありがとうはとっくに期待していない。「逆に言われたら不気味かも」という妻の声も聞きます。

 立場的に自分が上、と思っている場合は、ありがとうを言わない傾向がありますよね。親の立場、上司の立場、夫の立場。相手がやってくれるのが当たり前になりやすいので、ありがとうを言わなくなるのかもしれません。ありがとうと言われると、人は「よかった。自分が役に立った」と満足感が得られるものです。それだけではありません。相手に感謝する気持ちを持つことは、自分自身の幸せ感も上昇させてくれるという研究が報告されています。

 ◇感謝の気持ち15分実験

 米・カリフォルニア大学のソニア・ルボミアスキー博士らは、感謝の気持ちをつづることで幸福感が上昇するという報告をしています。

 この研究には330人の学生が参加しました。1週間に15分だけ誰かに何かしてもらったということを具体的に思い出してもらい、その感謝の気持ちを手紙に書き、気分がどう変化するかを観察しました。手紙は書くだけで相手に出すことはありません。自分の気持ちをつづるのです。具体的にしてもらったことを思い出す、そして次にそれを紙に書くという2つのステップです。すると8週間後、参加者の主観的幸せ感は有意に上昇したということです。

新型コロナ感染症拡大でロックアウトされたパリの路上に掲げられた医療従事者らに感謝するポスター【AFP=時事】(2020年4月14日撮影)

新型コロナ感染症拡大でロックアウトされたパリの路上に掲げられた医療従事者らに感謝するポスター【AFP=時事】(2020年4月14日撮影)

 1週間にたった15分、相手に感謝することで自分の幸せ感が上昇するというのはすごいですね。ちょっと試してみたくなります。ありがとうという感謝の気持ちを持つこと自体が、自分の心の幸せ感に影響するわけです。「当たり前」にならず感謝の気持ちを持つ方が、心の健康に必要だということが分かります。

 ◇メールで伝えるメリット

 では、その感謝の気持ちを相手にどのように伝えるのがいいのでしょうか。実際に会って顔を見て感謝の気持ちを伝えるのが一番いいと思いがちですが、どうやらそうとは言えないという研究が報告されています。

 米・ミズーリ大学のシェルダン博士は、台湾の国立台中大学との共同研究で、対面で感謝の気持ちを伝える場合と、メールなどで伝える場合で幸せ感に差があるかどうかについて調査しました。参加者は、ミズーリ大学の学生363人、台中大学の学生199人で、対面とメールで感謝を伝える場面をイメージしてもらいその影響を比較検討しました。

 その結果、対面で感謝の気持ちを伝えると幸せ感は上昇しました。ただ一方で、対面の場合は、気後れや恥ずかしさなどのネガティブな感情も生じることが分かりました。メールで感謝を伝えた場合は、幸せ感は対面と同じように上昇するものの、ネガティブな感情の影響はみられなかったということです。

 米国の学生と台湾の学生では、対面の感謝をした後のネガティブな影響に差がありました。台湾の学生は、対面の場合、気後れや恥ずかしさが起こりやすいのではないかということです。こうした結果からみると、顔を合わせてありがとうを伝えなくても、メールやチャットでありがとうを伝えることの方が効果的ということになります。

 いずれにしても、ありがとうを伝えるのは、言われた方も言う方も幸せ感が上昇するというわけです。コロナ禍が続いて、気持ちがすさみがちなこの頃です。つい嫌なことばかりが目に付き、ストレスがたまっている人が多いと思います。そんな時にこそ、ありがとうを伝え合える環境が欲しいものです。

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