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超高磁場MRIと神経トラクトグラフィーによる嗅神経の可視化に世界で初めて成功
~嗅覚障害を診断するための新しい検査方法開発に期待~ 東京慈恵会医科大学、東京都立大学

 ⅱ. 小型霊長類コモンマーモセットを用いた組織学的解析との対比

 続いて、神経トラクトグラフィーで描出される神経線維が、嗅神経であるかということを検証するために、マウスとヒトの中間の大きさであり、ヒトと鼻腔形態がよく似たコモンマーモセット注3を用いた解析を行いました。マウス、コモンマーモセット、ヒトの鼻腔形態を比較すると図2のようになります。マウスでは鼻腔外側の隆起した構造である篩骨甲介が6個あるのに対し、コモンマーモセットとヒトでは2個です。

図2

図2

 コモンマーモセットを用いて神経トラクトグラフィーと免疫組織学的解析を行いました。まず神経トラクトグラフィーで得られた結果では、マウスでは6個の鼻甲介に分布していた神経線維が、コモンマーモセットでは2個の鼻甲介に分布していました。MRI撮影を行ったコモンマーモセットの鼻腔の組織切片を作製し、嗅神経マーカーであるOlfactory Marker Protein(OMP)で免疫染色を行うと、神経トラクトグラフィーで得られた分布と一致するタンパク発現分布が確認されました。このことから、神経トラクトグラフィーで描出された神経線維は嗅神経であると考えられました。神経トラクトグラフィーと免疫組織学的解析を重ねて詳細に観察してみると、神経トラクトグラフィーでは細い嗅神経は認識されず、ある程度太い嗅神経の走行を可視化していることが分かりました(図3)。このことは、神経トラクトグラフィーで示された領域よりも、広い範囲に嗅神経は分布している可能性を示唆しています。

図3

図3

 ⅲ. ヒト嗅神経の神経トラクトグラフィー

 次に、篤志献体を用いて神経トラクトグラフィーによるヒト嗅神経の可視化を行いました(倫理委員会により承認)。鼻腔から嗅球までの投射を観察すると、コモンマーモセットと同様に二つの鼻甲介と鼻中隔に嗅神経が分布していることが分かりました。甲介側では上鼻甲介全体、中鼻甲介前方下端付近まで、鼻中隔側では甲介側の対面で同様の範囲に嗅神経は分布しており、これまでの報告6,7よりも広範囲に嗅神経が分布している可能性が示唆されました(図4)。続いて、嗅球内は多くの神経が多彩な走行をとっており、通常の撮影方法では解像度が不足していたため、特殊な装置であるクライオプローブ注4を使用した撮影を行いました。すると、嗅球に投射された嗅神経が嗅球の内部をどのように走行するかが可視化されました。通常撮影のデータと組み合わせて解析することで、鼻腔内のどの領域から嗅球のどの領域に投射するかという嗅神経の対応表である嗅神経地図を作成することが可能でした(図4)。

図4

図4

 最後に、鼻副鼻腔手術の痕がある篤志献体の神経トラクトグラフィーを行いました。鼻副鼻腔手術は主に慢性副鼻腔炎に対して行われる手術であり、慢性炎症あるいは手術自体により嗅神経が障害されている可能性が高いと予想されます。解析の結果、手術痕がある献体では、手術痕のない献体と比較すると、描出される嗅神経の長さが短くなっているという傾向がみられました。サンプル数が少なく統計学的解析は行えませんでしたが、神経トラクトグラフィーを、客観的な嗅神経の評価方法として活用できる可能性が示唆されました。

 3.今後の応用、展開

 本研究では超高磁場MRIと神経トラクトグラフィーにより嗅神経を可視化するという世界初の試みを行いました。マウス、コモンマーモセット、ヒトの嗅神経の走行が明らかになり、今後の基礎研究、臨床への応用が期待されます。特に、客観的な嗅覚障害の検査方法としての活用を視野に入れて、定量評価に力をいれて解析を進めていく予定です。

 4.脚注、用語説明

 注1 超高磁場MRI:
 MRIはMagnetic Resonance Imagingの略です。磁気と電磁波を用いて、組織を壊すことなく内部の状態を画像化することができます。現在、一般診療で使用されているMRI検査は1.5テスラか3.0テスラですが、本実験で使用した装置は9.4テスラと非常に高い磁場を有しています。
 注2 神経トレーサー:
 生体内あるいは固定組織において神経連絡を解析するための技術です。ウイルスベクターや脂質トレーサーを用いたものなどがあり、神経細胞の細胞突起を可視化します。
 注3 コモンマーモセット:
 南米原産の新世界ザルです。体重300 g程度と小型で繁殖力も高く、有用な実験動物として注目されています。
 注4 クライオプローブ:
 MRIにおいて電波を受信するコイルを冷却して熱雑音を低減させ使用することにより、条件にもよりますが、通常の受信コイルと比較して2.5~5.3倍の感度向上が得られる技術です。
 5.論文タイトル、著者
 掲載誌名|Communications Biology
 論文タイトル|MRI Tractography Reveals the Human Olfactory Nerve Map Connecting the Olfactory Epithelium and Olfactory Bulb
 著者|Sho Kurihara, Masayoshi Tei, Junichi Hata, Eri Mori, Masato Fujioka, Yoshinori Matsuwaki, Nobuyoshi Otori, Hiromi Kojima, Hirotaka James Okano
 著者(日本語表記)栗原 渉、鄭 雅誠、畑 純一、森 恵莉、藤岡正人、松脇由典、鴻 信義、小島博己、岡野James洋尚

 6.引用文献

 1 Gopinath, B., Sue, C. M., Kifley, A. & Mitchell, P. The association between olfactory impairment and total mortality in older adults. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 67, 204-209, doi:10.1093/gerona/glr165 (2012).
 2 Mori, S. & Zhang, J. Principles of diffusion tensor imaging and its applications to basic neuroscience research. Neuron 51, 527-539, doi:10.1016/j.neuron.2006.08.012 (2006).
 3 Kurihara, S., Tei, M., Hata J. et al. MRI tractography reveals the human olfactory nerve map connecting the olfactory epithelium and olfactory bulb. Commun Biol, doi: 10.1038/s42003-022-03794-y (2022)
 4 Mombaerts, P. et al. Visualizing an olfactory sensory map. Cell 87, 675-686, doi:10.1016/s0092-8674(00)81387-2 (1996).
 5 Astic, L. & Saucier, D. Anatomical mapping of the neuroepithelial projection to the olfactory bulb in the rat. Brain Res Bull 16, 445-454, doi:10.1016/0361-9230(86)90172-3 (1986).
 6 Escada, P. [Localization and distribution of human olfactory mucosa in the nasal cavities]. Acta Med Port 26, 200-207 (2013).
 7 Dare, A. O., Balos, L. L. & Grand, W. Olfaction preservation in anterior cranial base approaches: an anatomic study. Neurosurgery 48, 1142-1145; discussion 1145-1146, doi:10.1097/00006123-200105000-00037 (2001).

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