女性医師のキャリア

外科医の男女格差是正へ歴史的前進
~女性医師は担い手不足解消の切り札となるか~ 【「函館宣言」座談会・上】

 女性外科医は男性と同等に手術の執刀機会が与えられず、キャリアアップの道が閉ざされていることが日本消化器外科学会の調査で明らかとなった。2023年7月に函館で開催された同学会の総会において、女性医師に同等の指導の機会を与えることを約束する「函館宣言」が出された。

 その立役者である野村幸世・東京大学大学院准教授、大越香江・総合病院日本バプテスト病院外科副部長、河野恵美子・大阪医科薬科大学助教と、演者としてその場に立ち会った社会学者の上野千鶴子氏、日本ロレアルの楠田倫子ヴァイスプレジデントの5人が後日、座談会を行い、宣言に至った背景や女性医師の現状、今後の課題についてリアルで活発な議論を交わした。

日本消化器外科学会総会で函館宣言

日本消化器外科学会総会で函館宣言

 ◇志望者減で学会に危機感

 ―函館宣言の発出に至った経緯を教えてください。

 野村 消化器外科の中で女性が高い役職に就けないことは、女性消化器外科医の間では暗黙の了解となっていました。女性は妊娠・出産で休みを取ったり、子育て中に子どもが病気をしたりして急に休むことがあるので、責任のある立場に就くべきではないと解釈されていたからです。けれども、妊娠・出産・育児とは関係なくても、女性であることで手術の機会が平等に与えられていないのではないかという疑問がありました。外科医が難易度の高い手術ができるようになるためには、指導を受けて修練を重ねる必要があります。女性は手術の機会が十分に与えられていないことでスキルが磨けず、キャリアアップの可能性が閉ざされているのではないかと十数年にわたって感じていました。

 2022年に国内の外科手術が9割以上登録されている大規模データベース(NCD)5年分を分析し、2種類の研究論文を同時に発表しました。そのうちの1本で男女の手術の機会が均等ではないことが明らかとなり、もう1本で女性のスキル不足が原因ではないと証明されました。類似の研究は海外では既にありますが、今回のように患者個別の臨床上の詳細な情報が含まれる大規模データにおいて、男女差を比較しながら難易度別に分析する研究は世界で初めての試みです。

総会での野村医師の発表

総会での野村医師の発表

 この結果を見て、日本消化器外科学会の重鎮の先生方が危機感を抱いたのです。前理事長の北川雄光先生(慶応大学教授)が「外科の志望者が減少している中、男性だけでなく女性も一緒に外科を支えていかなければ日本の外科医療そのものが機能しなくなる。女性には手術のトレーニングの機会を与えなくていいという風潮があるのなら、それは絶対に変えていかなくてはならない」と強く主張したことで、函館宣言の発出に至りました。

 ◇機会の不平等明らかに

 河野 女性外科医からは「出産後は執刀させてもらえない」「女性は乳腺外科手術の機会が多く、消化器外科手術の機会が少ない」といった声をよく耳にしてきました。手術数が男性よりも少なく、男性の方が優遇されているのではないかと多くの女性医師は肌で感じています。私自身も子どもがいるというだけで執刀させてもらえない時期がありました。

総会での河野医師の発表

総会での河野医師の発表

 今回の調査結果の希望的な観測としては、若い時は男女の格差がなく、出産・育児という転機にガクッと下がると予測していたのですが、ふたを開けてみたらあらゆる年齢層で差がついていました。まだ診療科を選択していない初期臨床研修の2年間でも、低難度手術は女性が多く、高難度手術は男性の方が多いということが分かりました。3年目に外科を選択した後期研修医には、最初から男性の方が多く機会が与えられ、その後も妊娠・出産という理由だけでは説明のつかない男女差がずっと続きます。特に中・高難度手術は年数が上がれば上がるほど格差が開いていく傾向にありました。手術の執刀者を決めるのは所属長であり、意識的に行っているか、もしくは無意識のバイアスが少なからず影響を与えていると思われます。

 女性側の因子としては、消化器外科は労働環境が厳しく、ロールモデルとなる医師が少ないため、敬遠される傾向にあることが考えられます。外科を選択しても女性の場合は乳腺外科に進むことが多いです。その要因は多岐にわたるため、今後ひもといていく必要があります。


女性医師のキャリア