Dr.純子のメディカルサロン

「虎に翼」に見る女性と仕事を巡る諸問題
共感する人・スルーする人

 最近、NHK連続テレビ小説「虎に翼」が女性たちの間で話題に上ることが多い。主人公のモデルは実在した日本初の女性弁護士で裁判官や裁判所長を務めた三淵嘉子さんだ。女性の生き方が結婚して妻となり子どもを産み育てるという選択肢しかなかった時代に法律を学び職業を持ち、働くということがいかにいばらの道だったか。

 それから100年が過ぎた今でも、現役で働く30代後半から40代の女性たちから「あるある、こういうこと」とドラマのエピソードに共感する声をよく耳にする。女性の社会進出が進んだとされる現代においても、女性と仕事を巡る問題が続いている理由を考えてみた。

(文 海原純子)

三淵嘉子さん

三淵嘉子さん

 ◇社会に眠る「ゴースト」の存在

 100年前のエピソードが今を生きる女性たちの胸を打つ理由は、一見広がったように見える生き方の選択肢にも依然として残る「意識の中のジェンダーの呪縛」と世代間の意識格差にある。心理学者のアーノルド・ミンデルは、文化に根付いた無意識の価値観を「ゴースト」と名付けている。こうした無意識の価値観は、気付かないうちに行動や態度に大きな影響を与えるという。

 例えば、表向きには女性が積極的に意見を発言し行動することが良いとされているが、実際に自分の部下や妻がはっきりと意見を述べると不快に感じる男性がいる。また、「女性はわきまえていないと」と言う政治家の発言を聞いたのはほんの数年前だ。医学部入試で男女の合格ラインが違っていたのも、つい最近まで続いていた。こうした状況に抵抗がないのは、無意識のうちに受け継がれた「女性は男性を支える立場にいるのが美しい」という呪縛の影響ではないだろうか。

 ◇結婚・出産は女性の義務?

 「虎に翼」では、主人公が独身でいると社会的信用がないとされ、社会的地位を獲得するために結婚したが、「女性は結婚して子どもを産んで初めて一人前」という社会通念は今も続いている。都会で働く独身女性が地方の実家に帰ると、いつ結婚するのかと問われて居心地が悪いという悩みを最近でも耳にする。

 一方、「虎に翼」では主人公が妊娠した際、親友の同期女性から「男性に守られる女」として非難されるエピソードが描かれた。今も、子どもがいて働く女性と独身女性の間で職場のコミュニケーション不全によるストレスの相談を受けることがある。本来、お互いの生き方の選択肢の違いは問題がなく受け入れられるはずだが、職場の待遇が整備されていないために、子育て中に休んだり早退する女性の代わりをする独身女性の待遇が改善されないことが背景にある。

男女雇用機会均等法が施行された1986年、大手証券会社の会社説明会に列を作った女子学生ら=86年8月20日、東京都千代田区内幸町

男女雇用機会均等法が施行された1986年、大手証券会社の会社説明会に列を作った女子学生ら=86年8月20日、東京都千代田区内幸町

 ◇筆者の経験から見る現状

 筆者は、男女雇用機会均等法が施行される2年前に都内で女性クリニックを開設した。女性の健康相談や健診を通じて、自分の心と身体の状況を把握してほしいという思いでスタートしたクリニックだが、「婦人科」だと思われることが多かった。むろん女性特有の生理や更年期の相談も受けるが、ストレスによるホルモンバランスの異常からくる生理不順など、精神的な問題から引き起こされる体調不良の根っこにある悩みに対応し、適切な治療につなぐことが目的だった。

 1986年に均等法が施行され、生き方の選択肢が広がり、フルタイムで仕事をする女性たちの間でストレスによる症状や疾患が多くなった。その根底にあったのが心理的なゴーストによる束縛である。当時の代表的なケースを二つ紹介する。

 【均等法施行当時の女性のストレス】

 ①「女は120パーセント」による病

 ・ ケース:30代女性 独身

 ・企業の営業職責任者

  営業成績を上げるために出張なども積極的にこなしていたが、トラブルがあると「上司を出せ」と言われ、女性だから甘く見られていると感じていた。自分が責任者なのにという思いから、男性が100やるなら自分は120くらいやらないと同じスタートラインに立てないと感じ、頑張り過ぎて生活リズムが崩れ、不規則な食事や睡眠不足・過度な飲酒などで肝機能障害を起こし休職に至った。

 ②スーパーウーマン症候群

 ・ケース:40代女性 既婚 子ども1人

 ・大学研究員

 子どもを保育園に預け、送り迎えや買い物など家事をすべて一人でやらないと仕事をする資格がないと感じていた。仕事をしていても専業主婦と同じように家事育児をしないと思い、頑張り過ぎて睡眠不足が続き、燃え尽き状態に陥り休職。

家事育児や介護が働く女性の過度な負担になっている

家事育児や介護が働く女性の過度な負担になっている

 ◇今も残るゴースト

 均等法施行後の数年は、働く女性の間に「仕事をする以上、夫や家族に迷惑をかけてはいけない、自分が完璧にやらなくては」という風潮が強かった。家事の手抜きをしたり子育てを人に頼むことに罪悪感を覚え、自分が抱え込み燃え尽きるという状況も見られた。また、義理の両親が息子に家事を分担させることを許さないという雰囲気もあった。

 「男性は外、女性は内」という男女役割分担意識は薄れつつあるが、今もなお残っている。家事育児や介護が働く女性の過度な負担になっている場合や、上司などの権威的な男性に対して会議などで自分の意見を言えず遠慮してしまうという悩みも聞く。親世代から引き継がれた「女性はわきまえないと」「家事育児介護は女性が中心」「子どもを産まないと一人前ではない」という思いから完全に自由になっているとは言い難い。

 ◇「定着した文化・規範を変えるのは容易でない」

 2023年のノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン教授は、日本の男女格差について、男女の賃金格差やキャリアの選択の格差が、世代を超えて解消されにくい点を指摘している。教授は、女性の職業選択や労働参加率に関する変化は、社会的な規範や文化的な要因によって大きく影響されると述べている。規範や文化が一度定着すると、それを変えるのは容易ではない。こうした状況を変えるためには、政策の実効性や企業の努力、教育が不可欠だという。

 女性の人生の選択肢が広がっている今、能力を生かして羽ばたくためには、私たちが受け継いできた文化や規範の良い部分に新しい価値観を少しずつ加えていかなければならない。「虎に翼」で描かれる主人公の姿を通じ、現代に残るジェンダー意識に気付くことが必要ではないだろうか。(了)


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