Dr.純子のメディカルサロン

海外投資家が注目する企業メンタルヘルスとは

 最近、海外投資家の存在感は大きく、相場のトレンドを形成していると言われています。特に欧州の投資家が積極的に日本株の売買を手掛けているとされ、その動向が日本市場の重要な要素になっているそうです。このため、海外の投資家が企業のガバナンス(統治)やサステナビリティー(持続可能性)をどのように評価するかということに関心を持つ方も多いのではないでしょうか。

(文 海原純子)

 ◇英機関が世界100社評価

 組織のガバナンスといえば、昨年はビッグモーターやダイハツ工業の不正問題などが明らかになり、日本企業の問題点が浮上したのは記憶に新しいと思います。

 英国最大規模の投資運用機関CCLAは、従業員が気持ちよく働けるような労働条件を事業主がどの程度提供しているかを評価する目的で27項目の評価基準を構築し、2022 年からCorporate Mental Health Benchmarkを作成してきました。毎年10月には、これらの基準を用いて、世界を代表するグローバル上場企業を選んでいる株価指数(MSCI ACWI)に組み込まれた従業員1万人以上のトップ100社について、評価を発表しています。

英CCLAの100社評価で2023年にランクアップした19社

英CCLAの100社評価で2023年にランクアップした19社

 この評価は▽メンタルヘルスの改善計画の体系化▽企業の最高経営責任者(CEO)のメンタルヘルスに関しての情報発信▽仕事の在り方や職場環境を含めメンタルヘルスを守る体制ができているか▽ラインケア(上司が部下の異変にいち早く気付き、職場環境などを改善)▽メンタルヘルスに関するガバナンスの発信―が柱。この中には「公平な賃金や男女格差是正」「ワーク・ライフ・バランス」「いじめやハラスメントのない職場」も含まれています。企業自体のメンタルヘルスへの取り組みやガバナンスの評価と体系化を行い、従業員のメンタル悪化を未然に防ごうとするのが特徴で、いわば予防型の指標と言えます。

 CCLAは対象となる企業のCEOに質問状を送って回答してもらうとともに、ホームページに公開されている情報を基にして評価。27の項目にそれぞれスコア(3~15点)を割り当て、その合計点(フルスコアは222点)を基に5段階の取り組み評価を行っています。トップは81~100%のグループ(tier)1であり、以下61~80%のグループ2、41~60%のグループ3、21~40%のグループ4、0~20%のグループ5となっています。

 昨年秋には2回目となる評価結果が発表されました。それによると、100社のうち19社の評価がアップ。1回目でtier4だった日本企業のトヨタ自動車はtier3に1ランク上がりました。

 ◇トヨタ、取り組み拡充でランク上昇

 トヨタはCCLAの第1回評価を踏まえ、職場の健康経営に関するガバナンスを深化。人事部に異動した奥山真司統括産業医が推進していた「気持ちよくいきいきと働ける職場作り」を目指す新たな取り組みを拡充し、その内容を昨年暮れに行われた第12回日本ポジティブサイコロジー医学会学術集会で発表しました。

 発表によると、すべての従業員を対象に、生活していく上で必要な心がほっとできる情報を盛り込んだメルマガを送ったほか、職場状況についてのアンケートなどを実施。役員と精神科医・心理士は年に数回、メンタルヘルスなどについて意見交換を行い、リスクについても話し合う機会をつくりました。また、Well-being道場という名称で従業員のストレス予防・回復力アップにつながるさまざまなトレーニングの機会を提供するなど、きめ細かい対策を実施したということです。こうした施策が評価を上げる要因になったと思われます。

 グローバル企業は今後、健康経営の旗振り役としてこの種の取り組みを関連会社や下請け企業にまで広げてほしいものです。奥山氏は「企業の最近の課題は不正やハラスメントの防止、さらには投資の呼び込みと健全で優秀な人材の確保です。これらに有効なのがポジティブ心理学に基づくウェルビーイング経営だと考えます。ぜひとも日本中に広がるとよいと思います」と語っています。

 ◇中小企業でも応用可能

 このような取り組みは大企業だけでなく、中小企業でも参考になる部分が多いとみられます。特にCEOや役員にメンタルヘルスに対する基本的な姿勢を認識してもらうことは、むしろ中小企業の方が実施しやすいかもしれません。具体的な取り組みをホームページで公開すれば、投資家に対してだけでなく、優秀な人材確保にも効果があると思われます。

 これまでメンタルヘルスは個人の問題とされてきた日本社会ですが、今後は個人を生かし働くことが喜びになるような組織を作るとともに、しっかりとしたガバナンスを構築し、情報発信を通じてその姿勢を示すことが企業の発展に不可欠です。企業トップにはそうした認識を持ってほしいと思います。CCLAのベンチマーク作りに2年間関わってきましたが、3年目になる今年の評価でさらに意識の高い企業が増えるよう願っています。(了)

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