女性医師のキャリア

婚活、不妊治療の末、養子をわが子に
~産婦人科医が実践「産まない先の選択」~

 働く女性が不妊治療を続けるには、仕事と治療の両立、職場の理解、経済的負担、心理的ストレスなど、さまざまな課題に直面します。医師の多くは長時間勤務や不規則なシフトをこなしています。不妊治療は排卵のタイミングに合わせて頻繁に通院しなければならず、仕事との調整はかなり大変です。不妊治療自体、精神的に大きなストレスであり、治療が思うように進まない場合や周囲に相談できなかったり、相談しても理解が得られなかったりする状況ではさらに心理的負担が増します。

 周りで不妊治療をしている女性の多くは、「妊娠できない自分を責めて惨めな気持ちになる」と話していました。女性の活躍を推進し仕事と家庭の両立が求められる中で、不妊治療に対する職場の理解を得るのはまだまだ難しいというのが現状です。妊娠すれば体調に配慮してもらえるようになってきてはいますが、不妊の場合は個人の問題で片付けられることが多く、職場には知らせず大半の人が一人で抱え込んでいます。

厚生労働省資料「社会的養護の現状について」

厚生労働省資料「社会的養護の現状について」

 ◇選択肢として養子を希望

 私が産婦人科医を目指した理由の一つが母子保健に関わりたいという思いです。日本には社会的養護(保護者がおらず、社会や地域で育てること)が必要な子どもが約4万2000人*1います。海外では新しい家族の形として血縁のない子どもたちを迎え入れて育てる「フォスターペアレント」という家庭は珍しくありません。日本も増えてはいますが、OECD諸国の中では最低水準です。私自身、学生時代から養子制度には大変興味があり、将来は自分でも養子を育てたいと考えていました。日本では「特別養子縁組」という法的に親子になれる制度があることを知り、結婚する前に、「もし子どもが授からなかったら選択肢として考えたい」という希望を夫に伝えていました。

 日本の特別養子縁組は、自治体の児童相談所と民間が独自に行う2種類あります。児童相談所の場合、研修を受けて条件がそろえば誰でも登録できますが、実際に子どもとマッチングされるまでに時間がかかり、マッチングしない場合もあります。民間のあっせん団体は登録までのハードルは上がりますが、登録数を絞っているため子どもとマッチングできる確率が高いです。どちらも親になるための研修の受講が必須で、児童相談所では平日に開催されることが多く、私たちは土日開催の研修がある民間団体に申し込みました。

 最初に申し込んだところは書類選考で落ち、二つ目の団体に何とか登録できました。登録後3カ月ぐらいで「マッチングできますが、どうされますか」と連絡が入り、承諾するとすぐ、子どもが生まれる県と分娩(ぶんべん)予定日がメールで送られてきました。子どものための制度なので、実親の情報や子どもの性別、障害があるなし等は一切知らされず、養親は受けると決めたらその子がどんな状況でも断れません。一方、実親(出産する母親)には直前まで養子に出すことを断る権利があります。実際に、出産後に自分で育てたいと意向が変わるお母さんも一定数おり、直前に養子縁組が中止になることもあります。

ダンゴムシを探している子ども(柴田医師撮影)

ダンゴムシを探している子ども(柴田医師撮影)

 ◇実母と対面し、子どもを迎え入れる

 支援してくれた団体は可能な限り実母との対面を勧めていて、退院の日に対面で受け渡しが行われました。特別養子縁組の多くは、妊娠に気付かず、出産直前に病院に駆け込んで出産し、さまざまな事情で育てられず依頼されることが多いです。私たちに赤ちゃんを託してくれたお母さんは、妊娠に気付いたけれど仕事の都合で子育てに責任が持てず、中絶するかを迷い、自分が育てられなくても育ててくれる家族に託せるならと出産を決意したまれなケースでした。妊婦健診を欠かさず受け、母子手帳にも丁寧にメッセージが書かれてありました。出産には大きなリスクが伴いますので、10カ月間、自分のおなかの中で赤ちゃんを育て出産する母体への負担は計り知れず、並大抵の覚悟でできることではありません。

 子どもには小さいうちから2人のお母さんがいることを話すつもりでいます。近年、子どもへの真実告知やライフストーリーワークは、可能な限り早期から行い、子どもが自分の出自(自分がどのようにして生まれたのかや実親)を知る権利を守ることが重要とされています。けれども日本では、児童相談所(自治体)や民間あっせん団体で出自の情報を保管し保障する法的な規定*2がありません。私たちを支援してくれた団体は子どもの出自を知る権利を重要と考え、可能な限り開示し、養親が保管できるようにしています。もし子どもが大きくなって「知りたい」と言ってきたら、出自に関する情報も伝える予定です。

 ◇育児の大変さ、身をもって知る

 子どもを迎えてからは毎日がバタバタです。仕事では産婦人科医として産後健診を行っていますので、3、4時間ごとに授乳、夜泣きがあることを説明する立場であり、産後の大変さはある程度分かっていたつもりでいました。私の場合、母乳が出ないので、夫とほぼ平等に育児を分担しています。子どもの受け入れ直後は外来が休めず、夫が育休を取得して生後3カ月間はほぼ夫に育ててもらいました。普通に考えても他のお母さんたちよりは負担は軽いはずなのに実際に自分がやってみると、育児の大変さは想像をはるかに超えていました。

 生後4カ月目からは、院内保育園に預けるために子連れで満員電車に乗って出勤しました。ベビーカーは当然無理で、抱っこしている赤ちゃんが押しつぶされそうになります。見かねて席を替わってくれたりしますが、泣きだすたびに何度も途中下車します。あまりにも過酷なため1カ月で子連れ出勤は断念し、自宅近くの保育園に預けてから出勤することにしました。けれども最初は慣らし保育で一日中預かってもらえません。朝預けて昼にお迎え、午後からは院内保育園に預け、保育園をはしごして何とか乗り切りました。ようやく1日預けられるようになったと思ったら、今度は週に1度の発熱予防接種をフルで受けているにもかかわらず、親にまで感染し、予測できないことが次から次へと起こります。お金がかかっても病児保育のベビーシッターに依頼しながら、今は何とか勤務が続けられている状況です。改めて世のお母さん方のすごさを知り、外来で何人も子どもを出産されているお母さんたちの診療を行うたびに、まさに〝神〟と頭が下がる思いでいます。

 ◇「最強の推し」に出会えた喜び

 現在、朝8時から夕方6時まで地元の保育園で預かってもらい、手術が入ってお迎えが難しいときは夫に頼みます。遅くまで預かってくれる保育園もありますが、ご飯やお風呂が遅くなると翌日起きられず、つらそうなので、なるべくお迎えが遅くならないようにしています。当直は月に3回ほど土日をメインに入るようにして、子どもは夫が見てくれています。

 育児で生活は一変しましたが、子どもはご飯を食べているときも、遊んでいるときも、寝ているときも「目に入れても痛くない」かわいさです。大変さをはるかに上回るかけがえのない喜びをもらっています。人生最強の〝推し〟に出会えたと言えます。

 夫は私以上に主体的に育児も家事もしてくれていて、もはや感謝しかありません。子どもを迎え入れたことで夫婦の信頼関係や絆が深まり、特別養子縁組で得た家族との幸せを日々実感しています。もともと二人とも旅行好きで、以前からいろいろなところに出掛けていましたが、今は子どもと一緒に出掛けられることでさらに人生の楽しみが増えました。


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