一流に学ぶ 難手術に挑む「匠の手」―上山博康氏
(第8回)北大戻るも、居場所なく=手術器械の開発に専念
「本格的に論文を集めて、いろいろ勉強しました。それから、手術器械を作りました。器械は手術しなくても作れますから。その時にできたのがマイクロハサミであり、ワンタッチで水の出る吸引管でした」
吸引管は子供と一緒に風呂で遊んだ水鉄砲にヒントを得たもので、学会発表もしました。研究熱心な上山氏は、2時間も風呂に入っていた時があった。奥さんが心配になって見に行ったら、同氏は1人で天井に向かって水鉄砲をピューッピューッと発射していた。「『いよいよ頭がおかしくなったかと思った』と言われましたよ」
中高生時代、本格的なラジコンを作っていた経験を生かし、旋盤加工や溶接まで施し、アイデアだけでなく具体的な形にするところまで自分でやった。
「無名の僕が医療機器メーカーの営業担当に何か言っても、『本社へ帰って前向きに検討させていただきます』と言われるのが関の山。だから実際に作って見せないと話は進まない」
脳外科手術用のハサミ「上山式マイクロ剃刃ムラマサ・スペシャル」の原型を開発したのも、この時だ。従来のハサミの厚さを半分以下にした薄い刃先を持ち、狭い手術スペースでも剪(せん)断する部分が容易に見える形状をした顕微鏡手術に欠かせないハサミだ。
ヒントになったのは華道に使う剪定ばさみ。「奥さんが華道をやっていて、剣山に柳の木をバチっと切って刺してたの。あんなに硬い木がよく切れるなあと思ってハサミをよく見ると、刃が曲がってアールが付いている。これなら刃を薄くしても滑ってよく切れるんだと気付きました」
アイデアを思い付いたのは秋田脳研時代。なかなか実際に作る作業をする時間が取れなかったが、北大に戻され、干されたため時間は有り余るほどあった。東京の小さな製作所と共同で完成したマイクロハサミは今日、日本の脳外科医の8割以上が使用し、世界中でも広く使われている。(ジャーナリスト・中山あゆみ)
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(2017/11/02 08:57)