「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

なぜインフルエンザの流行が秋に起きているのか (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第68回】

 9月に入り、国内でインフルエンザの患者数が増加しています。9月22日の厚生労働省の定点報告では、東京都など注意報レベルに入った自治体もあります。こうしたインフルエンザの季節外れの流行には、新型コロナウイルスの流行や今年の日本の異常気象も関係しているようです。今回はインフルエンザの季節外れの流行の原因と、今後の推移を解説します。

インフルエンザの流行で9月に学級閉鎖となったケースも(イメージ)

インフルエンザの流行で9月に学級閉鎖となったケースも(イメージ)

 ◇3シーズンぶり

 日本では、インフルエンザは毎年1月ごろをピークに冬の流行を繰り返してきました。しかし、新型コロナの流行が発生して以来、21年、22年と2シーズンにわたって冬の流行が起きませんでした。この理由については、以前に本コラムでも解説したように、コロナ対策で国際交通を止めたことが大きいようです。(時事メディカル記事「新型コロナ以外の感染症が動きだした」参照)

 そして、昨年から国際交通が少しずつ回復したことにより、23年1月には3シーズンぶりのインフルエンザ流行が起こりました。20世紀に入ってからインフルエンザの流行が2シーズンも発生しなかったことはなく、その復活時は大きな流行になることも予想されましたが、23年1月からの流行は患者数があまり増えず、3月にはほぼ収束しました。

 この時に流行が大きくならなかった理由は、当時、新型コロナが2類相当であり、国民の皆さんが感染対策を強化していたためでしょう。新型コロナインフルエンザも基本的な予防対策は同じなので、対策強化で両者の拡大を防ぐことができたのです。

 ◇4月以降も患者発生が続く

 このように、3月末にはインフルエンザの流行が収束に向かいますが、4月以降も患者数は少数ながら発生していました。この理由は、流行がしばらくなかったため、国民のインフルエンザへの免疫が低下していたことに加え、5月8日からの新型コロナの5類移行で、感染対策が緩和されたことが影響しているようです。

 その後も6月から8月の夏の間、例年なら流行が完全に収束している時期も、インフルエンザ患者の発生はわずかながら続きました。そして、9月に学校が新学期を迎えると、学童や学生を中心にインフルエンザの流行が一気に拡大していったのです。

 この結果、9月22日の厚生労働省の発表では、インフルエンザの定点報告数が全国平均で7.03人と、1週間前の4.48人より大幅に増加しました。インフルエンザでは定点報告数が10人を超えると注意報が発令されますが、東京都など七つの自治体では注意報レベルになりました。

 ◇予想されていた早期流行

 こうしたインフルエンザの早期流行は、海外の状況から、ある程度は予想されていました。

 例えば、米国は水際対策や感染対策の緩和が早かったため、22年1月にインフルエンザの流行が復活しています。この流行は、日本での今年(23年)1月の流行のように大きく拡大することなく収束しましたが、22年6月ごろまで少数の患者発生が続きました。そして、例年より早い22年11月から次の冬の流行が始まりました。患者数も新型コロナ前を超える大きな流行になったのです。

 同様な早期流行は、今年の南半球の冬にも経験されており、オーストラリアや南アフリカでは、冬が始まったばかりの6月にピークとなりました。こうした早期流行の原因も、インフルエンザへの免疫が低下していることが大きな要因になっているようです。

 なお、現在、流行しているインフルエンザウイルスは従来のA型やB型で、新型コロナのように変異株が出現しているわけではありません。

今年の夏は東日本・西日本の太平洋側などで降水量が多く、東京では8月に16日間連続の雨となった(8月、東京都渋谷区)

今年の夏は東日本・西日本の太平洋側などで降水量が多く、東京では8月に16日間連続の雨となった(8月、東京都渋谷区)

 ◇日本では気候要因も

 このように、次の冬の流行が早期に始まることは米国や南半球の状況から予想されていたわけですが、9月という秋の時期から流行するのは想定外でした。この原因として、今年の日本の異常気象が関与している可能性もあります。

 世界保健機関(WHO)が9月18日に発表した世界のインフルエンザ流行状況によれば、現在はアジアの熱帯や亜熱帯地域で患者数が大きく増加しています。この地域は6月から9月ごろまで雨期になり、その時期にインフルエンザの流行が毎年発生しています。雨期は人々が屋内にとどまる時間が長く、そこで飛沫(ひまつ)感染が起こりやすくなるのです。

 今年の日本の夏は例年よりも気温が高く、雨も多い異常気象となりました。これはアジアの亜熱帯に近い気候であり、それが今年の日本で9月からインフルエンザの流行を起こしている一因とも考えられます。もちろん、インフルエンザへの免疫が低下していることが大きな要因になっていますが、こうした異常気象の影響もあると考えます。

 ◇今後の本格的流行は

 では、これから先、インフルエンザの流行はどのように推移するのでしょうか。

 インフルエンザの本来の流行は冬の季節なので、このまま高いレベルの流行状況が続いてから、昨年の米国のように11月ごろから本格的な流行が起きると予想されます。患者数が新型コロナ流行前より多くなることも想定しておいた方がいいでしょう。

 これに備えるためには、インフルエンザワクチンの接種を受けておくのが最も効果的な方法です。繰り返しますが、今年は国民の皆さんのインフルエンザへの免疫が低下している状況にあることから、積極的な接種をお勧めします。ワクチンは10月になれば流通してくる予定です。

 ワクチン接種に加えて、次の冬は新型コロナインフルエンザの同時流行になる可能性が高くなるため、流行拡大時はマスク着用、手洗い、部屋の換気などの基本的な感染対策を再強化することも必要です。

 インフルエンザの変則的な流行が通常の冬の流行に戻るかは、今後の米国の流行状況などが参考になるでしょう。もし、日本での変則流行に異常気象が関与しているとすれば、秋の小規模な流行はこの先も起きるかもしれません。いずれにしても、まずは、次の冬の新型コロナインフルエンザの同時流行を乗り越えていくことが大切です。(了)

濱田特任教授

濱田特任教授


濱田 篤郎(はまだ・あつお)氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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