「医」の最前線 感染症・流行通信~歴史地理で読み解く最近の感染症事情~

コンゴ民主共和国の熱病と米国の鳥インフルエンザ
~どちらが本当の脅威か~ 東京医科大客員教授・濱田篤郎【第12回】

 アフリカ中央部に位置するコンゴ民主共和国で今年10月末から原因不明とされる熱病が流行し、日本国内でも関心が高まっています。これはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)のように、世界的流行(パンデミック)となる脅威を感じる人が多いためです。一方、今年後半、米国で患者数が増えている鳥インフルエンザH5N1については、あまりメデイアでも報道されていませんが、こちらの方がパンデミックに至るリスクは高いと言えます。今回は二つの感染症を比較しながら「正しく恐れる」方法を解説します。

 ◇原因不明の熱病発生

 コンゴ民主共和国で日ごろからさまざまな感染症がはやっており、最近はエムポックス(サル痘)の流行が発生しました。そんな中、この国の南西部にあるクワンゴ州で10月から原因不明の熱病患者が多発しました。患者は子どもが中心で、発熱やせき、鼻水などの呼吸器症状を起こし、死亡する人も多いとのことです。世界保健機関(WHO)は12月8日に、406人の患者が確認され、このうち31人が死亡したと発表しましたが、これは医療機関に収容された人の数で、実際はもっと多いようです。

 流行が起きた地域はジャングルの奥地にあり、雨期で交通の便も悪いため、詳しい情報がなかなか入りませんが、12月17日にコンゴ民主共和国の保健省は、熱病の原因がマラリアであると発表しました。

 ◇雨期に増える感染症

 この国では今回のように、原因不明とされる感染症が流行することがしばしばあります。国土のほとんどを熱帯雨林が占め、人の移動が難しいことから、感染症がはやってもその詳細が判明するまでにはかなりの時間がかかるのです。

コンゴ民主共和国の東部ゴマで天然痘とエムポックス(サル痘)のワクチン接種を受ける医療スタッフ=10月5日(EPA時事)

 特に雨期は交通の遮断によって報告が滞るとともに、感染症の発生も増えてきます。雨が多いと蚊が増殖するため、マラリアなどの蚊媒介感染症が多発し、洪水が起こるとコレラ腸チフスなどの消化器感染症も流行します。また、雨が続くと、屋内で密集して過ごす時間が長くなるため、インフルエンザやCOVID-19などの呼吸器感染症も多くなるのです。今回もマラリアだけでなく、複数の感染症が同時発生している可能性があります。

 ◇懸念される病原性の高い感染症

 今回の流行で懸念された感染症が二つあります。一つは、エボラ出血熱やマールブルグ熱のように病原性の高い感染症です。この地域では、以前からエボラ出血熱の患者が散発しており、それが原因であると、多数の死亡者が発生します。

 もう一つは、動物から未知の病原体がヒトにうつり、流行をもたらすケースです。そもそもエボラ出血熱は1970年代にこの国の奥地でコウモリからヒトへの感染があり、最初の流行が起きたと考えられていますが、奥地への開発が進むと、そこに生息する動物の持つ未知の病原体に感染するリスクが高くなるのです。こうした未知の病原体にヒトは免疫を持っていないので、いったん流行が起きると、重症化したり患者が多発したりする危険性があります。

 現時点で、このような兆候はありませんが、注意深く監視していくことが大切です。

 ◇パンデミックへの条件

 COVID-19のようにパンデミックを起こすためには、二つの条件が必要になります。一つは、原因となる病原体の感染力が強いこと。現代社会であれば、患者の飛沫(ひまつ)などで広がる呼吸器感染症であることが条件になるでしょう。もう一つは、交通の便が良い場所で拡大すること。例えばCOVID-19は、中国の交通の要衝である武漢で最初の流行が起こりました。2003年に世界流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)も、国際都市である香港から世界に向けて拡大しました。

 今回のコンゴ民主共和国で広がっている感染症マラリアだとされているので、一番目の条件は満たしていませんし、患者が発生しているのはジャングルの奥地であり、二番目の条件も満たしていません。この結果、世界に向けて拡大する可能性は大変低いと考えます。

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