こちら診察室 「無塩無糖」の世界

保育園で「無塩無糖」食
~健康的給食を目指して~ 第9回

 東京都新宿区大久保にある全国でも珍しい24時間体制の認可保育園「エイビイシイ保育園」の片野仁志理事長と片野清美園長との出会いがありました。

エイビイシイ保育園の片野仁志理事長と片野清美園長

エイビイシイ保育園の片野仁志理事長と片野清美園長

 片野理事長は食事に関心が高く、20年前から保育園児に無農薬・有機野菜の給食を提供していました。ところが、体に良い無農薬・有機野菜を作り、それを食べている農家の方が高血圧糖尿病になることが気になっていました。「塩分が原因ではないか?」と思い、インターネットで「無塩食」を検索しましたが、東京都内では見つからず、筆者が鹿児島県姶良市にある温泉宿泊複合施設、健康の駅「ホテル・フォンタナの丘かもう」で行っている健康教室「無塩無糖の世界」にたどり着きました。

 「無塩無糖」を初めて知った片野理事長は直感的に「保育園児に良い食事ではないか」と思い、2022年6月、ご夫妻で健康教室に参加するためにフォンタナの丘かもうに来られました。

 ◇ジャガ芋の味がする

 片野夫妻はフォンタナの丘かもうの「無塩無糖」料理を味わい、「おいしい」、「本当に塩を使っていないのか」と驚いていました。

 教室では「無塩無糖無バターパン(中尾パン)」や、ジャガ芋・タマネギ・牛乳で作った「じゃがいもポタージュ」を試食してもらいました。片野理事長が「今までジャガ芋のポタージュを食べたことはあるが、ジャガ芋の味はしなかった。今回初めてジャガ芋の味がした」と話してくれました。おそらくそれまで食べたジャガ芋ポタージュには、コンソメ(食塩45%含む)や有塩バターなどが入っており、ジャガ芋の味わいを消していたのだろうと思います。

エイビイシイ保育園の「無塩無糖」昼食

エイビイシイ保育園の「無塩無糖」昼食

 ◇映画でも紹介

 片野夫妻は「無塩無糖」の体験の後、保育園児に無農薬・有機野菜に加えて無塩無糖の給食の提供を始めました。筆者夫婦も試食しましたが、管理栄養士による味付けの工夫があり、食材の味が生かされた、保育園児にとって優しい食事でした。

 片野理事長は、高血圧糖尿病などの生活習慣病が若年化している現状を踏まえて、「幼少時から健康的な食生活を送ることの大切さを多くの人に伝えたい」と考え、ドキュメンタリー映画の製作に乗り出しました。夜間保育園における数々の独自の取り組みを伝える「さらば昭和の保育所」は、2022年10月から「無塩無糖」食を映画の一素材として撮影が始まり、24年7月に完成しました。初上映会が7月14日に東京であり、筆者夫婦も九州から駆け付けました。

 ◇「無塩無糖」24年から思うこと

 現代の食事から見ると、塩や砂糖を減らすことを「減塩減糖」と言い、まったく取らないことを「無塩無糖」と言います。しかし、「無塩無糖」の世界から見ると「減塩減糖」は「増塩増糖」になり、現代の食事は塩や砂糖を取り過ぎている「塩中毒・砂糖中毒」とも言えます。

 おそらく数千年前からでしょうか、人間は食料の保存のために食塩を利用するようになったと考えられます。食塩による保存食のお陰で人類は食料の乏しい寒冷地に住めるようになり、食料が取れない季節に飢えずに過ごせるようになって繁栄してきました。

 砂糖も以前は高価で貴重品だったのですが、今ではお菓子を含めて好きなだけ取れるようになり、加工食品や調理に使われています。

 繁栄はしてきましたが、その代償として高血圧糖尿病を患うようになってしまいました。私たちは、離乳食開始までは母乳やミルクだけですくすく育ちます。「無塩無糖」も今後の食生活の選択肢の一つに考えても良いのではと思います。

 ◇「無塩無糖」目指す方へ

 「無塩無糖生活」のブログを始めてしばらくして、20代の女性からメールが届きました。体調の関係で無塩無糖食をしている方で、「友達と一緒に食事ができない」、「友達からやめなさいと言われる」という悩みの相談でした。筆者は「私も全く同じです。困ることが多いです」と自らの経験を紹介した上で、「『無塩無糖』に対応してくれるレストランや居酒屋を見つけました。そこに友達と行くようになりました」と返事をしました。

 最近、50代の男性で「無塩無糖」の方と会いました。4年前に自分自身で食事を作る状況になり、調味料を使うのが煩わしく食材だけで調理しているそうです。「慣れているので、調味料がなくても食べることができます」と話していました。

 筆者夫婦は無塩無糖になり17年間、世間から「変わっている」と思われたくなく、積極的に発信することはありませんでした。ただ、2人のように「無塩無糖」の食事をしていらっしゃる人がいると思います。そういう人たちに向けて筆者はエールを送りたいと思います。

 ◇「無塩無糖」、筆者からの要望

 連載を終えるに当たり、筆者の要望を記します。

 ▽各地に「無塩無糖」を提供するレストランがあれば。もしくはレストランのメニューの一品に「無塩無糖」があればうれしいです。

 ▽災害避難時には、高血圧糖尿病、腎臓病の方の食事が困ります。薬が手に入らない場合もあり、無塩無糖のレトルト食品やお湯を注ぐだけのインスタント食品があれば助かります。

 ▽食品・食材の流通は生産者から消費者まで冷蔵ルートが主体です。冷蔵ルートがさらに拡充され、無塩での食材や加工食品が手に入りやすくなればありがたいです。

 ◇最後のメッセージ

 連載を読んでいただいた方に感謝するとともに、メッセージをお伝えしたいと思います。

 高血圧糖尿病にならないために、現在の「有塩有糖」の食事から人間本来の食事、すなわち食塩や砂糖の入っている調味料や加工食品を控える「無塩無糖」の食事も選択肢の一つとして考えて良い時期に来ているのではないでしょうか。(完)


 中尾正一郎(なかお・しょういちろう) 日本循環器学会専門医・日本内科学会認定内科医。1973年、鹿児島大学医学部卒業。米ハーバード大学医学部(循環器内科)、米マウント・サイナイ大学医学部(臨床遺伝学)留学を経て、95年、新しい疾患「心ファブリー病」を医学雑誌「NEJM」で日本から世界に発信。99年、鹿児島県立鹿屋医療センター院長に就任し、日本初の2カ所主治医制による地域医療「鹿屋方式」を構築。NHK「クローズアップ現代」で紹介された。「高血圧専門外来」で対症療法(高血圧薬内服)よりも、原因療法(減塩・無塩)を勧めている。

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