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介護者の孤独を手当てする人々 第47回

 関東のある小都市に住んでいる田村容子さん(58歳、仮名)は15年間、母親の介護を続けている。

容子さん(仮名)は、母親の介護を15年間続けてきた

容子さん(仮名)は、母親の介護を15年間続けてきた


 ◇娘としての苦悩

 「夫は、介護の苦労話に耳を傾けるふりはするけど、何の足しにならない。夫の母親なら、『あなたの親でしょう』と文句も言えるのでしょうけど、私の親だからね」

 顔を曇らせながら容子さんは続ける。

 「子どもたちは時々、介護を手伝ってくれることがあります。でも、自分たちのことが優先で、まさに気まぐれ。ほとんど当てにはできません」

 ◇介護に関する調査

 厚生労働省は「国民生活基礎調査」の中で、「介護」に関する調査を2001(平成13)年以来、3年ごとに行っている。

 世帯構造別に見た「要介護者等のいる世帯」の構成割合で伸びが著しいのは「単独世帯」で、直近の2022(令和4)年調査までたどると、15.7%から30.7%へと倍増している。逆に、「三世代世帯」は、32.5%から10.9%へとほぼ3分の1に減っている。わずか20年あまりで、この変化は驚くべき数字だ。
 この記事の田村家は三世代世帯だが、もちろん三世代世帯といっても、家族介護力が十全にあると言えるわけではなく、家族の中の誰か一人が介護を引き受けざるを得ないという現状がある。

 では、誰が介護負担を担っているのか。

 ◇主な介護者

 22年の同調査では、同居している家族などが主な介護者となっているのは54.4%で、配偶者22.9%、子16.2%、子の配偶者5.4%、父母0.1%、その他の親族1.2%となっている。一方、別居の家族などは11.8%で、家族などが主な介護者となっているのは合計で66.2%である。

 01年の同調査では、同居71.1%、別居7.5%、合計78.6%なので、家族などが主な介護者である割合は12.4ポイント減っている。さらに同居を見ると、配偶者25.9%、子19.9%、子の配偶者22.5%、父母0.4%であり、子の配偶者の割合は22.5%から5.4%に激減している。

 同居の主な介護者の性別比は、01年調査=女性76.4%、男性23.6%、22年調査=女性68.9%、男性31.1%であり、女性の割合が減っては来てはいるものの、まだまだ女性が介護の担い手となっている状況が続いている。

 ◇要介護度上昇、介護時間も増

 田村家は、三世代家族で娘が主な介護者だ。15年にわたる介護生活を通し、母親の要介護度は要介護1から要介護5へと進んできた。

 22年の同調査で、同居の主な介護者の介護時間の構成割合を見ると、要介護1では「ほとんど終日」が11.8%、「必要なときに手をかす程度」が55.3%だが、要介護5になると、「ほとんど終日」が63.1%に跳ね上がり、「必要なときに手をかす程度」は2.5%に激減する。

 容子さんの母親は3年前から認知症も出て来た。介護時間が増えてきたことに加え、精神的にも容子さんを追い込んでいる。

 「こちらの言うことが通じないことが多くなり、いらいらして大声を上げたくなること、いや、手を上げたくなることだってあります。でもね…」と続ける。

 「子どもにそんな姿を見せるわけにはいかないでしょう」

 家族の中に満足に手伝ってくれる者がいないばかりか、容子さんは介護のつらさを一人で抱え込まざるを得ないのだ。

 ◇愚痴の聞き役

 そんな容子さんにとって、在宅介護サービスのスタッフが愚痴の聞き役になっている。

 ある日、母親の体を優しい言葉を掛けながら拭くヘルパーに「あなたのように優しくなんてとてもできないわ。私、時々介護を放り出したくなるの」と愚痴をこぼしたことがある。

 体を拭き終えたヘルパーは、母親から聞こえない場所に移動し、こう返した。

 「仕事だからできるんです。自分の母親だったら、優しくできないかもしれません」

 そんな物言いがうれしかった。

 ◇救われる言葉

 介護に疲れ、時には母親を罵倒したくなる容子さんだが、自宅での介護を続けるのは、「施設に預けたくない」という強い気持ちがあるからだ。

 父親は容子さんが子どもの頃に家を出て、母親が女手一つで容子さんを育ててくれた。認知症を発症するまでは、良き友達でもあった。「あんたには迷惑を掛けるわね」と何度も感謝された。だから、最期のみとりまで、自宅で介護しようと心に決めている。

 それでもというか、だからこそ、「もしもあの時にこうしていれば、こっちの薬を選んでいれば」などと過去をくよくよと振り返ることも少なくない。そんな時に返してくれたケアマネジャーの言葉も忘れることができない。

 「ご家族も、私たちも一緒に考えて、みんなで決めたことでしょう。その時は、それが一番いいって選んだから、間違いはなかったんです。だから、将来何があっても、それで良かったんだと思うことにしましょう」

 その言葉に何度も救われ、「もう一度、頑張ろう」という気持ちになると語る容子さんは「すると、『あんまり気負わないでね』って言われちゃうんだけどね」と続ける。

 ◇心強い仲間

 このところ母親の容態がすぐれない。微熱が続き、経管栄養になった。吸引も欠かせない。定期的に利用していたショートステイの受け入れ先も限られるようになった。病院の医師も「私たちができることは、もうありません」と投げ気味だ。

 訪問看護師は言った。

 「最期まで責任を持ってケアをしますから安心してください」

 これまでに何度も聞いてきた言葉のような気がするが、改めて心強く思う容子さんだった。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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