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視覚障害とロービジョンケア
~見えない世界に備えて~ 【第10回(最終回)】

 目が見えなくなったらどうしよう。その可能性を少しでも減らすために本連載はあります。しかし、目が見えなくなったとしても、それで寿命を迎えるわけではありません。見えないなりの人生が続きます。「目が見えない」とはどういうことか、みなさんご存じでしょうか? この知識はもちろん自分がなったときにも必要ですが、身の回りの視覚障害の方への理解のためにもお読みいただければ幸いです。

視覚障害の人が「どんなふうに見えにくいのか」の情報の共有が必要(イメージ図)

視覚障害の人が「どんなふうに見えにくいのか」の情報の共有が必要(イメージ図)

 ◇物が見えないということ

 医学的な失明の基準は光も分からなくなる(光覚なし)ことですが、実際そこまで全く見えなくなることはまれです。世界保健機関(WHO)は、良い方の視力が0.3未満の状態をロービジョン(視覚にハンディキャップのある状態)、良い方の視力が0.05未満の状態を失明(社会的失明)としています。

 ロービジョンは拡大鏡やデジタル機器を使い、かなり努力すれば何とか字が読める程度、社会的失明はどうしても字は読めない程度です。社会的失明の基準は、おおむね日本の視覚障害の1級または2級相当になります。

 物が見えない世界は具体的にどういうものでしょうか。視覚障害に至る病気は幾つかあります。

 例えば、網膜色素変性症緑内障は、程度にもよりますが進行してくると視野が欠けてきて、周りに見えない部分が生じますが、かなりの末期まで中心は見えています。字は読めていても周りが見えないので、物にぶつかったり、転倒したりします。

 逆に加齢黄斑変性などの黄斑疾患は中心が見えなくなります。見たいところが見えないので字を読んだり、書いたりすることが難しいです。周りは見えているので歩くには支障がないこともあります。

 視覚障害の中でも、明るくすれば見える人もいれば、明る過ぎると見えない人もいます。物が見えないといってもいろいろな状態があります。視覚障害の難しいところは、それが周りから分かりづらいということです。

 近年、ハンディキャップを明確にするためにヘルプマークが普及してきています。しかし、視覚障害を理解するためには、その人が「どんなふうに見えにくいのか」について、情報の共有が必要ということになります。

 ◇視覚障害と就労

 見えなくなったらどうやって生きていくか。勤労世代の場合は就職や雇用継続の問題が生じます。

 国は障害者の雇用の促進等に関する法律を制定しています。2024年の障害者雇用状況の集計結果は民間企業では法定雇用率2.5%に対し、2.41%とのことです。ただ、達成企業の割合は46%にすぎないので十分ではありません。

 視覚障害といっても、例えばパソコン画面に表示される字を大きめに設定すれば仕事ができたり、字が読めなくても物を運ぶことはできたりするなど、全ての仕事ができないわけではありません。社会の理解が必要です。

視覚障害者が働くには社会の理解が必要(イメージ図)

視覚障害者が働くには社会の理解が必要(イメージ図)

 就労あるいは在職維持のための職業訓練をする施設・制度もあり、われわれ眼科医も就労のため、病状の中でどんなことが可能かを示した診断書を作成します。

 どうしても働けない場合は仕方がありませんが、勤労は国民の義務であり、そのために周囲が努力することもまた義務と考えるべきでしょう。

 ◇ロービジョンケア

 医療とは治療に主眼が置かれがちですが、これは「病気になっている最中」の対応です。医療には「病気になる前」(予防)と、「病気の治療が終わった後」(リハビリテーション)が存在します。

 眼科におけるリハビリを「ロービジョンケア」と呼びます。残存している視機能の部分に対応して見やすい方向に目を向ける訓練、拡大鏡の倍率の詳細な調整、まぶしさなどに対しては遮光眼鏡(医療用のサングラスのようなもの)の処方など、さまざまなアプローチがあります。これらのロービジョンケアを受けるための情報、あるいは視覚障害の方の支援施設をまとめたリーフレットがあり、これを「スマートサイト」と呼びます。

 米国眼科学会が2005年に提唱し、日本では10年に兵庫県眼科医会が初めて作成、現在は全国のすべての都道府県版が存在します。この中には教育や就労に関する施設の情報も載っています。「見えなくなったら終わり」ではありません。見えないなりの人生をより良くするためのサポートは存在します。

 ◇より良い未来のために

 視覚障害と、それに対する取り組みをご紹介してきました。しかし、もちろんそのような事態を避けるのがベストです。

 年々高騰する医療費がわが国の財源を強く圧迫してきています。残念ながら医療資源も有限であり、もしかすると、全ての人が万全な医療を受けられなくなる時代、日本の保険医療制度が厳しくなってくる時代が来るかもしれません。その時、こじれるまで病気を放置すると、今よりはるかに大変な思いをするかもしれません。

 もちろん、人間は無限に生きられるわけではありません。ですが、最期の時まで自分の思うように生きられる、これはおそらくすべての人にとって願うところではないでしょうか。

 自分の健康を守る意識を持ち、セルフケアや健診をしっかり受ける。これが世界最長寿国に至った日本人に必要なことだと考えます。この連載が、その一助になることを願っております。(了)

岩見久司医師

岩見久司医師

 岩見久司(いわみ・ひさし) 大阪市大医学部卒、眼科専門医・レーザー専門医。 大阪市大眼科医局入局後、広く深くをモットーに多方面に渡る研さんを積む。ドイツ・リューベック大学付属医用光学研究所への留学や兵庫医大眼科医局を経て、18年にいわみ眼科を開院。老子の長生久視(長生きして、久しく目が見えている状態)が来る時代を願い、22年に医療法人社団久視会に組織を変更した。現在は多忙な診療を行う傍ら、兵庫医大病院で非常勤講師として学生や若手医師に対して教鞭をとる。

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