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鼠径ヘルニア修復術とは?
~日帰り手術できる理由~ 【第3回】

 鼠径(そけい)ヘルニア、通称「脱腸」は、鼠径部(足のつけ根の辺り)に腹部の臓器(主に腸管)が出てきてしまう疾患です。特に中高年の男性に見られる疾患で、多くの症例で日常生活に支障を来します。

 鼠径ヘルニアの治療には手術が必要で、従来は「鼠径部切開法」と呼ばれる方法で行われてきましたが、近年は腹腔鏡手術が主流となりつつあります。

鼠径ヘルニアは足のつけ根辺りに腹部の臓器が出てきてしまう(右)

鼠径ヘルニアは足のつけ根辺りに腹部の臓器が出てきてしまう(右)

 鼠径ヘルニアの原因と症状

 鼠径ヘルニアの原因としては加齢や筋肉の衰え、重い物を持つことなどで腹圧がかかることなどが考えられます。特に立ち仕事や長時間の運転といった腹部への負担がかかる職業の方に多い傾向です。

 鼠径ヘルニアの主な症状は、下腹部や鼠径部にしこりが出現し、歩行や立ち上がり時に違和感や痛みを感じることです。放置すると腸閉塞や臓器の壊死(えし)といった深刻な合併症を引き起こすリスクがあるため、早期の治療が推奨されます。

 ◇従来の治療法とその課題

 以前は「鼠径部切開法」と呼ばれる手術法が主流で、局所麻酔で鼠径部を切開し、お腹から脱出した臓器(主に腸管)を戻して、鼠径ヘルニアの原因である腹壁の弱くなった部位をメッシュを用いて補強する方法でした。

 しかしこの手術法は、手術中や術後の痛みが強く、結果的に体への負担が大きいことが課題でした。局所麻酔は必ずしもすべての痛みを遮断できるわけではなく、手術中の患者さんの苦痛が大きかったことが指摘されていました。

 ◇腹腔鏡による日帰り手術

 こうした従来の治療法の課題を解決するため、当院(東京外科クリニック)は2015年、全身麻酔による腹腔鏡手術での日帰り鼠径ヘルニア修復術を日本で初めてシステマティックに導入しました。この革新的な手法は医学会の注目を集め、その安全性と有用性については多くの研究や医学論文で証明されています。

 腹腔鏡手術では、5ミリほどの小さな穴を腹壁に3カ所ほど開け、そこからカメラと手術器具を挿入し、モニターで鼠径部をお腹の中から見ながら手術を行います。刺し傷だけの治療により体の負担が軽減され、術後の回復が早くなります。

 また、全身麻酔を使用するため、患者さんは手術中に痛みを感じることはありません。この手法はいわゆる「第1世代」の鼠径部切開法と比較し、術後の快適さが大きく向上しました。

腹腔鏡⼿術直後の傷の例(右下)=東京外科クリニックHPから

腹腔鏡⼿術直後の傷の例(右下)=東京外科クリニックHPから

 ◇安全性と技術の確立

 全身麻酔による腹腔鏡手術の導入当初は、従来の手法に拘泥する医師らからの非難がありました。しかし、症例の蓄積と厳格なクオリティーコントロールによって安全性が立証されたと確信しています。

 特に術後の痛みや合併症が大幅に減少し、患者さんがより快適に満足のいく治療を受けられると考えています。これらの成果は学術医学論文として掲載発表され、日帰り手術の新たな標準を築いたと自負しています。

 2015~19年の約1400例に基づく治療データをまとめた論文は、治療成績と徹底したデータ管理が評価され、日本臨床外科学会より「優秀論文賞」を受賞しました。この論文の発表以降、現在に至るまで、総計5000例近くの日帰り達成率は100%です。これまで重篤な合併症の発生もありません。

 ◇小児ならメッシュは使わず

 手術では、時間の短縮と患者さんの負担軽減のため、通常より小さい5ミリのポート(切開部に内視鏡システムを挿入する筒)を使用し、メッシュの固定にタッカー(いわゆる留め金)を使わないプログリップメッシュを採用します。成人の鼠径ヘルニアに対してはメッシュの使用を基本としますが、患者さんの病態や希望に合わせ、メッシュを使わない治療法も行います。成長途上にある小児の症例ではメッシュは使用しませんが、成長して体格が完成した学童ではヘルニアの種類・サイズによってはメッシュの使用を考慮する必要があります。(了)

山高篤行医師

山高篤行医師

 山高篤行(やまたか・あつゆき) 85年順天堂大学医学部卒。同学外科研修医として勤務後、小児外科学講座に入局。リバプール大学附属 Alder Hey 小児病院、ロンドン大学附属 Great Ormond 小児病院、Princess Alexandra 病院、Royal Brisbane 小児病院、オタゴ大学附属 Wellington 病院に勤務。帰国後、順天堂大学小児外科学講座で助手、講師、助教授を歴任。06年同大学小児外科学講座主任教授に就任。16年東京外科クリニックに勤務し、全国初となる1歳男児の停留精巣手術成功。24年同院長に正式就任。 

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