こちら診察室 日帰り手術の未来
日帰り腹腔鏡手術の進化と安全性 【第2回】
前回のコラムでは、日帰り腹腔鏡手術のメリット・デメリットや今後の課題を話しました。
今回は、腹腔鏡手術の技術進歩や安全性、従来の手術との違いに触れ、日帰り手術としての優位性について説明します。
◇メリットと回復の早さ
腹腔鏡手術は小さな切開で行われるため、術後の痛みが少なく、傷痕の仕上がりに対する満足度も高いとされています。また、カメラで内部を拡大して観察できるため、手術の精度が向上する点も大きなメリットです。
術後の回復には個人差があり、翌日にはほとんど痛みがない人もいれば、2~3日間痛みが続く場合もあります。ただし、統計的なデータによれば、鼠径ヘルニア修復術を鼠径部切開法で行う場合に比べ、腹腔鏡手術の方が回復が早いことが示されています。通常、1~2週で日常生活に復帰でき、多くのケースで仕事や軽い運動も短期間で再開が可能です。

腹腔鏡手術を行う山高医師(東京外科クリニック提供)
◇先進技術と工夫
患者さんへの負担をさらに軽減するため、幾つかの独自の技術的工夫を導入している病院もあります。その一つが、使用するアクセスポート(切開部に内視鏡システムを挿入する筒)のサイズを12ミリ径から5ミリ径に縮小するという工夫です。
一般的に腹腔鏡手術では12ミリ径のポートを使用しますが、より小さな5ミリ径のポートを採用し、体への負担を軽減します。この小型化により、患者さんの皮膚への影響や傷痕がさらに小さく抑えられ、術後の痛みや違和感も少なくなります。小さなポートによって生じる利点は、患者さんが普段の生活に早期に復帰できることにもつながります。
さらに、最新の4K対応フルハイビジョン内視鏡システムを導入する医院もあります。従来のフルHDシステムに比べて4Kは解像度が高く、手術部位の細部を鮮明に確認することが可能です。
特にヘルニア修復手術では、お腹の壁の薄い部分や筋肉の層の細かい部分にシート状のメッシュを的確に設置する必要があるため、高解像度の4Kシステムが大いに役立ちます。4Kによって視認性が向上することで、医師がより確実で安全な手術を行える点が患者さんにとっても大きなメリットです。
鼠径ヘルニア(いわゆる脱腸)は、腹部の壁が弱くなり、腸や脂肪が鼠径部(腹部と太ももの境目)に飛び出す病態です。成人男性に多く見られ、自然に治ることがないため、治療には手術が必要です。
近年では、腹腔鏡下による低侵襲手術が広く採用され、患者さんの負担を軽減しています。
腹腔鏡下修復術では、小さな切開からカメラ付きの腹腔鏡を挿入し、ヘルニアを修復するためにメッシュを使用します。腹腔鏡の導入によって、お腹の中から弱くなった腹部の壁の目視確認が可能となり、メッシュでその全域を確実に補強することができるようになりました。
弱まったお腹の壁をメッシュでしっかりと補強できるため、術後に腸や脂肪が飛び出すことがなくなります。また、この術式では、従来の開腹手術よりも術後の痛みが少なく、早期の社会復帰が可能です。
◇虫垂切除術
鼠径ヘルニア修復術に限らず、虫垂切除術や胆嚢摘出術においても腹腔鏡を用いた低侵襲手術が可能です。
虫垂切除術は、虫垂炎(いわゆる盲腸炎)に対する標準的な治療法であり、特に急性の炎症がある場合には早急な手術が求められます。従来の開腹手術に比べ、腹腔鏡手術では小さな切開で済むため、痛みが少なく、回復が早いのが特徴です。
患者さんは術後に入院の必要がなく、早期に日常生活へ復帰できるため、仕事や家庭の都合で長期の入院が難しい患者さんにとって大きなメリットがあります。
◇胆嚢摘出術
胆嚢摘出術は、胆石症や胆嚢炎といった胆嚢のトラブルに対する治療法です。胆嚢は消化液である胆汁を貯める役割を持っていますが、胆石ができると激しい痛みや炎症が生じることがあります。
腹腔鏡下で行う胆嚢摘出術は、痛みや術後の負担を最小限に抑えることができ、特に日帰り手術として実施することで患者さんのQOL(生活の質)を維持したまま回復が図れる点が評価されています。
◇術後のケアとリスク
術後のケアは施設ごとに異なり、一部の病院では重い物を持つことや運動に厳しい制限を設けています。しかし、さまざまな工夫により、こうした制限を設ける必要はなくなると考えます。患者さんが自分のペースで活動を再開することで早期の社会復帰を促し、生活の質を維持できます。
痛みがある間に無理をする必要はなく、患者さん自身の状態に合わせて回復を目指すことが推奨されます。痛みが長引いたり、症状に変化が見られたりした場合には、速やかに医師の診察を受けることが望ましいです。また、まれに合併症が発生する場合もあるため、術後の経過観察は欠かせません。
◇今後の展望
腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術は、さらなる技術の向上と普及が期待されています。技術進歩により、患者さんへの負担がさらに軽減されるだけでなく、治療の成功率も高まっていくと考えられます。また、医師の技量向上とともに最新の麻酔技術があれば、より多くの症例に対応できます。
今後は、患者さんにとってより安全で快適な治療環境を提供できるよう、術後のケア体制や遠隔診療の活用も視野に入れた取り組みが進むでしょう。テクノロジーの進化と医療の融合によって、さらに多くの患者さんが安心して腹腔鏡手術を受けられる環境が整うことが期待されます。(了)

山高篤行医師
山高篤行(やまたか・あつゆき) 85年順天堂大学医学部卒。同学外科研修医として勤務後、小児外科学講座に入局。リバプール大学附属 Alder Hey 小児病院、ロンドン大学附属 Great Ormond 小児病院、Princess Alexandra 病院、Royal Brisbane 小児病院、オタゴ大学附属 Wellington 病院に勤務。帰国後、順天堂大学小児外科学講座で助手、講師、助教授を歴任。06年同大学小児外科学講座主任教授に就任。16年東京外科クリニックに勤務し、全国初となる1歳男児の停留精巣手術成功。24年同院長に正式就任。
(2025/02/10 05:00)
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