健康とは 家庭の医学

解説
■健康とはどういう状態か
 2002年にわが国で制定された健康増進法には、「国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない」と謳(うた)われ、健康の維持・増進につとめることが、国民の責務であるとされています。
 では、そもそも健康とはなんでしょうか。1978年にWHO(世界保健機関)で採択されたアルマ・アタ宣言によれば、「健康とは身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病のない状態や病弱でないことではない。健康は基本的人権の一つであり、可能な限り高度な健康水準を達成することは最も重要な世界全体の社会目標である」と規定されています。
 すなわち、健康とは、身体的に健全なだけでなく、生きがいや幸福感といった精神的な要素が満たされ、家庭や職場などそれぞれの社会で、良好な人間関係をもち、信頼にもとづく円滑な社会生活を送ることができてこそはじめて達成されるもの、といえそうです。そして、それをすべての人々が享受することが、21世紀における万国共通の目標であると宣言されています。

■こころの健康とは
 病気というと身体の不具合を連想しがちですが、もとより“からだ”と“こころ”とは不可分のものであり、ストレスに曝(さら)される機会のふえた現代社会では、こころの病気も重要な問題となっています。また、一見すると、からだにはまったく異常がみとめられないにもかかわらず、そうしたストレスの影響からからだの不調をうったえる人も少なくありません。
 たとえば、新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の世界的な流行に際しては、ウイルスによる肺炎などの不具合だけでなく、感染拡大防止のための外出・勤労の自粛や、収入減少等による生活基盤の動揺、教育機会や雇用継続への不安、そして人と人とのつながりの希薄化・疎外感など、おおよそすべての人が何らかの精神的なストレスを感じて、そのために体調をくずされた場合も少なくないようです。
 19世紀から20世紀にかけて活躍し、個人心理学を創始した精神科医アルフレッド・アドラーは、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と説き、個人が社会的な存在として生きていくときに直面せざるをえない対人関係の場面を、仕事・交友・愛という3つに類型化しています。そして、他者との距離や関係の深さが、わたしたちのすべての悩みの源泉であると説明しています。
 人と人とが良好で適切な関係性を築き、信頼し合える社会を構成するには、対話などの交流手段を通じて、たがいが理解を深めることが前提となります。したがって、自分の考えを正確に伝える能力を培いつつ、他者のこころの表出を的確に捉えようとつとめる姿勢が大切です。
 またアドラーは、「人生は他者との競争ではない」と主張し、わたしたちはみな違っているけれども、上下の区別なく対等な存在であって、それぞれが誰とも比較したり競争したりすることなく、ただいまの自分よりも前に進もうとすればいいのだと説いています。
 競争の意識にとらわれている人にとっては、勝ち負けの対象となる他者全般、ひいては世界全体が、片時も信じることのできない「敵」として立ちあらわれるため、いつまでたってもこころが休まる暇がなく、満足感や幸福感も得られず、やがて疲弊してしまうことでしょう。反対に、他者との優劣という軸に縛られず、争いの図式から解放されれば、他者の幸せをこころから祝福し、そのために積極的に貢献できるようにもなるでしょう。いわゆるライバル関係にある相手をも含めて、他者全体を自分と共生する「仲間」として認識し、もはや対人関係に悩まされることもなく、無益な争い、特に武力や暴力を用いての紛争を避け、平和な社会を築き上げられるようになるはずです。
 さきに紹介したアルマ・アタ宣言では、政府は国民の健康に責任を負うとされていますが、その実現のためには、世界平和にもとづいて、これまで軍備や紛争に使われていた資源の有効な活用が必要であるとされています。そして、2015年の国連サミットで採択された、「誰一人取り残さない」持続可能でよりよい世界を目指す17の開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)では、「すべての人に健康と福祉を」「安全な水とトイレを世界中に」「平和と公正をすべての人に」といった課題が、2030年までに実現すべき国際目標として掲げられています。

(執筆・監修:公益財団法人 榊原記念財団附属 榊原記念病院 総合診療部 部長 細田 徹