ヒトパピローマウイルス(HPV)は、子宮頸がんだけでなく中咽頭がんの原因にもなる。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会神奈川県地方部会、神奈川産科婦人科学会、日本小児科学会神奈川県地方会は、7月13日にHPVワクチンによるがん予防をテーマに関連3学会ジョイントセミナーを開催。その中で、北里大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教授の山下拓氏はHPV関連中咽頭がんの増加について、横浜市立大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科主任教授の折舘伸彦氏はHPVワクチンの男性への接種の意義について講演。両氏は「HPV関連中咽頭がんの予防には男性へのHPVワクチン接種が重要だ」と訴えた。

40歳代から増加、60歳代でピークに。男性は女性の4倍

 中咽頭がんの原因としては喫煙・飲酒、HPV感染があり、HPVによって引き起こされる中咽頭がんは全体の約半数を占める。男女比は4:1と男性に多い。出現部位は、口蓋扁桃と舌根に特異的で、HPV16型が88%と高率である。

 HPV関連中咽頭がんの発症年齢を見ると、40歳代から増え始め、60歳代でピークを迎える。非HPV関連中咽頭がんの発症ピークが70歳代であるのに対し、やや若年で発症する傾向が見られる。

 山下氏は「HPV関連中咽頭がんの発症は、生産年齢人口と重なることが大きな問題だ」と指摘する。

HPV関連中咽頭がんが世界で急増、日本は20年で約3倍

 米国では、子宮頸がんの年齢調整罹患率が1975年と比べ2019年に半減。その一方で、中咽頭がんに関しては、女性ではほぼ横ばいだが、男性では1995年を境に急増し、2019年には1975年の2.2倍となった。

 日本の状況を見ると、中咽頭がんの罹患率は男女ともこの20年で約3倍と急増。北里大学病院でも、2005~22年の18年でHPV関連中咽頭がん患者数が急増している(図1)。

図1.HPV関連中咽頭がん症例数の推移(北里大学病院)

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(山下拓氏提供)

 各国の中咽頭がん罹患率を示したデータからは、先進国で罹患率が高い傾向がうかがわれる。この点について、山下氏は「今後、HPV関連がんの問題は、子宮頸がんから中咽頭がんに移行していく可能性がある」と危惧する。

咽頭がんでは検診が確立していない

 HPV関連がんの予防戦略として、①教育と啓発、②HPVワクチン接種(一次予防)、③検診(二次予防)―を三位一体で進めていくことが重要とされている。しかし、中咽頭がんでは、初期変化が陰窩と呼ばれるくぼみ部分の基底細胞で起こるため偽陰性になりやすく、前がん病変の概念が確立されていないといった事情から、子宮頸がんとは異なり検診という手立てを講じることができない。したがって、予防はワクチン接種に頼らざるをえない。

 山下氏は「男性を含めたワクチン接種により、HPV関連中咽頭がんを予防することが非常に重要だ」との考えを示した。

男性で高い口腔内HPV保有率

 折舘氏は、男性へのHPVワクチン接種の現状と将来展望について講演。男性へのHPVワクチン接種の根拠となる海外データを紹介した。

 米国民保健栄養調査(NHANES)によると、18~69歳の成人における口腔内HPV保有率は、2011~14年には女性の3.3%に対し男性では11.5%と高かった。同様に、HPV高リスク型(16、18、31、33、35、39、45、51、52、56、58、59、66、68型)の保有率も、女性の1.2%に対し男性では6.8%と高かった。

 「口腔内HPV保有率が男性で高いとの結果は、中咽頭がんが女性に少なく、男性に多いことの説明になる」と同氏。

ワクチン接種で、HPV16型の口腔内感染リスクが有意に80%低下

 HPVワクチンの接種により中咽頭がんは予防できるのか。現時点で、頭頸部がんの発症予防または再発予防における4価/9価HPVワクチンの有効性と安全性を評価した臨床研究データはないという。しかし、疫学研究ではHPVワクチン接種と口腔内HPV保有率との間に負の相関が示されている。

 折舘氏は、欧州で行われたHPVワクチン接種とHPV口腔内感染率との関連を検討したシステマチックレビューおよびメタ解析の結果を報告。関連研究6件(8~53歳の男性1万5,250例)の解析では、HPVワクチン接種によりHPVワクチンがカバーする型の口腔内感染リスクが46%有意に低下することが示された〔リスク比(RR)0.54、95%CI 0.32~0.91、P=0.02〕。また、4件(1万3,285例)に絞ったメタ解析では、HPV16型の口腔内感染リスクが有意に80%低下することが示された(同0.20、0.09~0.43、P<0.0001)。

 同氏は「男性へのHPVワクチン接種により、中咽頭がんの発症に関与しうるHPV16型を含むワクチン型の口腔内感染を予防できる」と述べた。

2100年までに推計で男性約79万例が中咽頭がんを回避

 では、HPVワクチン接種で、中咽頭がんはどの程度予防できるのか。折舘氏は、HPVワクチン接種の長期的影響をシミュレーションした数理モデルを紹介した。

 米国におけるHPVワクチン接種率は、2019年には女性で61.4%、男性で56.0%。この接種率が維持された場合、男性の中咽頭がんは2030年代半ばごろにピークを迎えた後、減少に転じ、2100年には10万例当たり4例にまで減少することが見込まれるという(図2)。その間に回避できる男性の中咽頭がんは約79万例に上ると推計される。

図2.HPVワクチン接種の長期的影響(数理モデル)

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Lancet Reg Health Am 2022; 8: 100143

 同氏は「HPV関連中咽頭がんは男性に多いため、HPVワクチン接種は男性においても重要な意味を持つ」と強調し、講演を終えた。

(比企野綾子)