「医」の最前線 新専門医制度について考える

命を守り、QOL向上
~アフターコロナの耳鼻咽喉科~ 第13回

 「耳鼻咽喉科学」は約130年前、世界に先駆けて日本で確立された。耳、鼻、喉に始まり、脳と眼球を除く鎖骨から上と、「聴覚」、「嗅覚」、「味覚」、「視覚」、「平衡覚」といった感覚機能や、生命を維持するための「食べる」、「呼吸」、「言語」まで、そのフィールドは多岐にわたる。さらに、近年の頭頸部(けいぶ)がんの増加に伴い、2021年に学会名を「日本耳鼻咽喉科学会」から「日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会」に改名した。超高齢社会などによる医療ニーズの変化にどのように対応しているのか、耳鼻咽喉科専門医の役割や期待について、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会専門医制度委員会担当理事を務める丹生健一医師(神戸大学医学部耳鼻咽喉科頭頸部外科学教授)に聞いた。

丹生健一医師、教授室にて

丹生健一医師、教授室にて

 ◇コロナ禍で減った病気と増えた病気

 耳鼻咽喉科は一昔前までは中耳炎や細菌感染による咽頭炎、慢性副鼻腔(びくう)炎〔=蓄膿(ちくのう)症〕が診療の中心だったのですが、近年の医療技術の進歩や抗生物質の普及により細菌感染の疾患は少なくなっています。それに代わり、アレルギー性鼻炎や難治性の好酸球副鼻腔炎が増えています。手術をしても再発を繰り返し治りづらいため、難病指定されています。

 コロナでマスクをするようになってから、一過性ではありますが花粉症、重症のアレルギー性鼻炎で受診する患者さんは、かなり少なくなりました。同じようにコロナの感染予防が習慣化してインフルエンザで受診される患者さんも減っています。一方、ステイホームによるストレスやカフェイン、アルコールの取り過ぎにより、メニエール病と診断される患者さんや、コロナの初期症状や後遺症を疑い、嗅覚や味覚障害の相談に来られる患者さんも増えてきています。

 高齢化により嚥下(えんげ)障害も増えています。通常、飲み物を飲むと喉が反射して嚥下するのですが、加齢により喉の反応が鈍くなり、飲み込む力が弱くなって食べ物がつかえたり、飲み込めなくなったりします。内視鏡で喉を触っても全く反応しない人もいます。脳梗塞などの後遺症による嚥下障害を改善するための本格的な手術は大学病院や基幹病院で行いますが、外来通院によるトレーニングで改善することもあり、リハビリを行っている病院やクリニックもあります。口からきちん食事を取れるようになることで低栄養を防ぎ、生きる喜びにもつながります。

 ◇難聴は耳鼻咽喉科に相談・検査を

 難聴に悩む患者も増えています。10代で聴こえる音が20代では聴こえなくなるというように、加齢による聴力の低下は10代から始まり、高齢になるとそれが顕著に表れます。高齢者は人とのコミュニケーションができなくなることで認知機能が低下していきます。また、認知機能が正常であっても、聴こえないことで認知症として扱われることも少なくありません。最近では、シンプルな箱型のものからスマートフォンのアプリで調整する高機能な補聴器まで、症状に応じてさまざまに選べるようになりました。補聴器は町の眼鏡店やネットでも購入できますが、難聴の原因が加齢による難聴だけでなく、メニエール病や中耳炎のように治療が必要な病気が隠れていることもあります。また、必要以上に高価なものを勧められることもあります。まずは耳鼻咽喉科に相談し、検査を受けていただくことをお勧めします。

 人工内耳も進化し、補聴器を利用してもほとんど聞き取ることができない人が、人工内耳を埋め込むことで電話ができるまでに聴力が回復することもあります。人工内耳は世界で最も優れた人工臓器として日本でも30年の歴史がある安全な手術です。1994年から保険適用されており、耳の後ろを切って入れるだけなので、90歳を超えた高齢の方でも体への負担はほとんどありません。

執刀する丹生医師

執刀する丹生医師

 ◇HPV感染による中咽頭がんの増加

 頭頸部がんが増えている理由は大きく分けて二つあります。咽頭がんの主な原因は喫煙と飲酒です。高度成長期やバブル期の古き良き時代に、たばこを大量に吸い、深酒をしていた人たちが高齢となり、発症しているケースが増えているのが一つ。二つ目は子宮頸がんの原因で知られるHPV(ヒトパピローマウイルス)が咽頭がんの発症にも大きく関与しているということが分かってきました。口の奥、へんとう腺の辺りを中咽頭と呼んでいるのですが、本来は子宮頸部にあるウイルスが性行為などにより感染が広がっていて、米国では子宮頸がんの患者さんよりも、中咽頭がんの患者さんの方が多いのです。日本では2022年4月からHPVワクチン接種の積極的な推奨が再開されましたが、男性に対しての接種の推奨についても、現在、耳鼻咽喉科と産婦人科の学会が協力しあって、働き掛けをしているところです。

 ◇顔面神経まひの症状が出たら、まず耳鼻咽喉科へ

 ヘルペスウイルスが原因で発症する顔面神経まひもよく知られている病気です。単純ヘルペスであれば、ステロイド薬や抗ウイルス薬により、多くの患者さんは元に戻ります。けれども顔面神経は脳幹から耳の中を通って顔面の筋肉につながっているため、顔面神経まひが中耳炎、中耳結核、耳下腺がんなど、耳鼻咽喉科の病気が原因で起こることもあります。その場合は耳鼻咽喉科の医師でなければ、まひの原因を発見することも治療もできません。薬で一時的に治まったとしても、原因となる疾患の治療が遅れて命に関わることもあります。顔面神経まひになったら、ぜひ耳鼻咽喉科を受診していただきたいですね。

 ◇口腔がんや甲状腺がんでは他科と連携

 歯科口腔(こうくう)外科が得意とするのは顎やかみ合わせ、そしゃくなど「かむ」という機能の治療ですが、われわれは口から喉、喉から食道へと飲み込むところ、嚥下機能の治療を得意としています。最近では、患者に最善の治療を提供するために、医師と歯科医師が連携して、チームで治療するところも増えてきました。甲状腺がんは地域によって外科医が担当している病院もあれば、耳鼻咽喉科医に任せている病院も結構あります。甲状腺は手術の影響で声が出にくくなることもあり、良い声が出るようにする手技はわれわれが得意とするところでもありますので、症状によって患者さんを紹介していただいています。

 ダヴィンチを使ったロボット支援手術が22年4月から耳鼻咽喉科領域でも保険適用となりました。他の部位では、おなかに穴を開けて執刀することが多いのですが、へんとう腺や喉の手術の場合は、開けた口の中にロボットの手を入れて行うため、低侵襲で高い評価を受けています。

若いスタッフの育成にも力を注ぐ

若いスタッフの育成にも力を注ぐ

 ◇さまざまな分野のスペシャリストを養成

 多くの診療科は医学部を卒業した後、2年間の臨床研修を終え、最短3年の専門研修で専門医資格を取得できますが、耳鼻咽喉科は幅広い領域の診療や一通りの手技を修得するために、4年間の専門研修を行います。頭頸部がんに関しては、さらにその上のサブスペシャルティとして頭頸部がん専門医の認定制度があり、ニーズが高まっています。

 耳鼻咽喉科の良いところは、耳も鼻も喉も、内科的なことも外科的なこともオールラウンドにできるところです。その中で得意な分野がおのずとできるので、専門領域を持ちたいと考えている医師も多いです。例えば、耳の手術のスペシャリストや鼻の手術のスペシャリストであれば、日本耳科学会日本鼻科学会で指導医の認定が受けられます。基本的な疾患は耳鼻咽喉科専門医であれば十分対応可能ですが、難易度の高い手術を受ける際には、各学会のホームページの指導医リストを参考にすると良いでしょう。

 ◇女性医師の活躍にも期待が高まる

 耳鼻咽喉科専門医は、外科的要素だけでなく内科的要素として、嚥下障害のリハビリや吃音(きつおん)、声が出ないなどの音声言語認定医、めまい専門医、アレルギー専門医などのニーズも高まっています。

 治療するだけでなく、生きていく上でQOL(生活の質)を高めるための機能回復やサポートも耳鼻咽喉科医の重要な役割となっています。耳鼻咽喉科を希望する女性医師は全体の4割となり、その活躍も大いに期待されています。(了)

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