大阪大学大学院神経内科学の権泰史氏らは、大阪がん登録(Osaka Cancer Registry;OCR)のデータを用いて、がんサバイバーおよび一般住民における心疾患死亡率を分析した研究の結果をJ Am Heart Assoc(2023; 12: e029967)に報告。「一般住民と比べ、がんサバイバーにおける心疾患の標準化死亡比(standardized mortality ratio;SMR)は2.8と高かった。全体的な傾向は海外の既報と同様だったが、一部のがん種や進行度においては既報と異なる結果が得られた」と述べている。

Fine-Grayによる競合リスク回帰モデルで解析

 がん治療の進歩によりがん患者の生存年数は延び、人口の高齢化と相まって、併存疾患を抱える高齢がんサバイバーが増えている。がんと心疾患には高血圧糖尿病、喫煙など共通の危険因子があるが、がんの治療(アンスラサイクリン系抗がん薬、放射線療法など)そのものにも心毒性があり、腫瘍循環器学が注目を集めている(関連記事:「日本初のOnco-cardiology GL登場」)。

 今回の後ろ向き研究は、がん患者の死因を検討したNANDE(Neoplasms and Other Causes of Death)試験の一環として実施された。OCRは1962年から稼働しているがん登録で、NANDEデータベースはOCRと日本の公式統計をリンクして構築されたもの。

 権氏らは1985~2013年にがんと診断された68万2,886例を診断時の年齢で6カテゴリー(39歳以下、40~49歳、50~59歳、60~69歳、70~79歳、80歳以上)、診断年で3カテゴリー(1985~95年、1995~2004年、2005~13年)、診断時の進行度(ステージ)で7カテゴリー〔上皮内、限局、リンパ節転移、近接臓器への浸潤、遠隔転移、不明(進行度に関する情報が不十分)、情報なし〕に分類。

 心疾患は虚血性心疾患(IHD)、心不全(HF)、高血圧性疾患に分類し、一般住民に対するSMRを算出した。心疾患死リスクの評価には、Fine-Grayによる競合リスク回帰モデルを用いた。

遠隔転移例の心疾患SMRは上皮内例よりも低い

 検討の結果、がん患者における心疾患による粗死亡率は10万人・年当たり405.88で、一般住民に対するSMRは2.80(95%CI 2.74~2.85)だった。診断時年齢が若いほどSMRは高く、診断時年齢の上昇に伴い徐々に低下した。また、SMRは診断時期が2005年以降で最も高かった。診断時進行度については、限局がんである上皮内腫瘍で心疾患のSMRが3.79と最も高く、遠隔転移で2.19と最も低かった。

 心疾患の種類では、IHDのSMRが3.26(95%CI 3.17~3.35)、HFが2.69(同2.60~2.70)、高血圧性疾患が5.97(同5.38~6.63)だった。IHD、HF、高血圧性疾患のSMRは、女性、診断時期が2005~13年、診断時の進行度が上皮内がんで、他の例よりも高かった。また、診断時年齢が低いほどIHDとHFのSMRは高かったが、高血圧性疾患のSMRに関しては診断時年齢が60~69歳で最も高かった。

 がん種では脳腫瘍患者の心疾患SMRが最も高く、食道、骨、子宮、造血器腫瘍が続いた。逆に最も低かったのは肝がん患者で、次いで胆嚢、肺、膵、卵巣がんの順だった。

 がん診断後の心疾患SMRの推移を見ると、診断から3カ月以内が2.90(95%CI 2.73~3.08)で、いったんは低下するものの、その後は徐々に上昇する傾向が認められた。

血管系危険因子の未調整が研究の限界

 がん患者の心疾患による死亡の部分分布ハザード比(subdistribution hazard ration;SHR)は、女性に対し男性で1.08(95%CI 1.02~1.16、P=0.01)と有意に高かった。全体では診断時年齢が上がるにつれSHRは徐々に上昇した。一方、診断時期が最近になるほど、SHRは低下した。

 診断時のがんの進行度別に見た心疾患のSHRは、上皮内がんに対し、遠隔転移では0.25(95% CI 0.21~0.31、P<0.001)と有意に低かった。

 がん種別に死因を見ると、診断後1年以内は、がん関連死が90%以上を占めたが、その後に割合は徐々に低下し、10年目では53.0%になった。対照的に非がん死は、がん診断後10年目には36.8%を占め、うち心疾患が10.2%、脳血管疾患が6.4%だった。がん関連死の割合が多かったのは肝がん悪性リンパ腫卵巣がんで、皮膚がんでは心疾患を含む非がん死の割合が多かった。

 以上の結果を踏まえ、権氏らは「がんサバイバー全体における心疾患SMRは既報と同程度だったが、診断時の進行度別に見ると、遠隔転移例で最も低く、既報とは反対の結果であった」と指摘。「30年以上続いている大規模がん登録データによる評価が本研究の強みだが、血管系の危険因子などの交絡因子の調整を行わなかったことは研究の限界である」と付言している

木本 治