国立大学病院長会議(以下、同会議)は10月4日、今年度(2024年度)における国立大学病院全体の経常損失額が昨年度を大幅に上回る260億円にもなる見込み(速報値)を、東京都で開いた第3回記者会見で発表した。人件費だけで20億円以上の赤字となる大学病院もあり、土日・祝日を返上し診療する大学病院も出始めた。同会議会長の大鳥精司氏(千葉大学病院病院長)は、大学病院がなくなることにもなりかねないとの危機感を募らせた。
昨年度に比べ人件費は343億円増
同会議は今年7月、昨年度の国立大学病院全体の経常損失額が60億円となったことを発表した。しかし今年度はその比でない。42ある国立大学病院のうち赤字は昨年度の22大学病院から32大学病院へと拡大し、総額260億円もの赤字となる見込みだ。
大鳥氏は、大幅な赤字拡大の背景要因として次の支出増加を挙げた。①高額な医薬品、材料の使用料増による医療費、②エネルギー価格高騰に伴う光熱費、③働き方改革に伴う処遇改善による人権費、④物価高騰による業務委託費や老朽化に伴う施設・設備への投資―。
中でも医師の働き方改革により労働時間が可視化されたことで支払うべき人件費が昨年度に比べ343億円増加、規模が大きい国立大学病院の施設・設備への投資は64億円増加した。
ベースアップ評価料、入院基本料など診療報酬改定による108億円の増収見込みに対し、人件費の支出は3倍超と上回る見込みである。国は地域医療介護総合確保基金として財政支援を行うも、自治体ごとに積算方法が異なったり支援額に差が生じたりしており、基金確保に向け自治体との折衝が求められている。
どうしたら国立大学病院は生き残れるのか
病院長らは地域医療を担う国立大学病院としての生き残りに頭を抱える。今年9月以降の3日以上の連休対応に関するアンケートを実施したところ、44大学病院中15大学病院が診療を決定または検討中と回答していた。そのうち手術の実施予定は10大学病院で、通常診療を予定との回答は2大学病院だった。9月の連休に手術などを行った施設もあり、「休日診療の実施は少しでもなんとかしたいという病院長の願いだ」との声が上がった。
大鳥氏は「これまで臨床を行わない土日・祝日は、研究や論文執筆などに充ててきた」「病院経営に占める診療の割合は重要だが、増やすことで相対的に大学病院の研究力が低下している」と指摘した。
同氏は私見と断った上で、今後の国立大学病院の行方に言及。「体力がない大学病院は、高度医療を中止する、診療科を閉鎖するなど、医療を縮小せざるをえない。地域によっては国立大学病院を中心とした医療圏もあり、国立大学病院がなくなることで医療崩壊が起こる可能性もある」と訴えた。
「経営が黒字になるスキームになっていない」
国立大学病院の存続を危うくする予測因子について、複数の病院長から発言があった。資金調達ができないことによる医療機器の購入困難が挙げられたが、物価高騰により施設・設備への投資がますます難しく、「最新の医療機器に更新できない施設が多い」ことが報告された。さらに、「医療機器への投資を停止しても赤字の改善が見込めない。教育面での人件費も多く赤字」といった声も聞かれた。
研究力・論文本数の低下が、存続が危ぶまれる予測因子とする声も上がった。「低い給料であっても研究がしたくて大学にいる者もいる。しかし、さらなる診療負担により離職してしまう可能性がある」とした。
「当大学の収支を見ると、診療報酬は80億円増加したが、人件費と必要経費で83億円の支出があった。80億円かせぐのに83億円かかる。国立大学病院自体の経営が黒字になるスキームになっていない」との指摘もあった。国に対しては教官の待遇改善、運営交付基金の支給、診療報酬の改定などを求める声が多かった。
教官の待遇などについては、文部科学省の「今後の医学教育の在り方に関する検討会」で議論されているところだ。診療、研究、教育のうち、診療は厚生労働省が、研究および教育は文科省が管轄するというねじれがあり、今後の改善が待たれる。
厳しい現状が露呈した一方で、将来展望に関して「海外に比べて日本はデジタル、ロボット、AIの導入が遅れている。国立大学病院として導入することで課題を実現できるという夢を持ちたいし、見せていきたい」との意見も聞かれた。
(編集部・田上玲子)