教えて!けいゆう先生

医療に関する情報検索の落とし穴
「確証バイアス」に陥らないために 外科医・山本 健人

 これは架空の話です。

 Aさんという人が、病院で胃がんの診断を受けました。医師は、抗がん剤治療が必要だと言います。突然の事態に思わず動揺したAさんは、昔から仲の良い友人に相談してみました。

 すると、友人はこう言います。

 「抗がん剤だけは絶対に受けてはいけない。がんには全く効かないんだ。だまされるな」

 信頼する友人の言葉です。Aさんは医師を疑い始めました。抗がん剤が最適だと言われたけれど、きっとあの医師もだまされているのだ。

人は信じたいものを信じる。病気のことを調べる際には、このことを十分に念頭に置きましょう【時事通信社】

人は信じたいものを信じる。病気のことを調べる際には、このことを十分に念頭に置きましょう【時事通信社】

 Aさんは、友人の言が正しいかどうかを確認するため、自らインターネットで検索を始めます。

 「抗がん剤 危険」

 「抗がん剤 効果ない」

 「抗がん剤 不要」

 さまざまなキーワードを入力していきました。検索結果には、学会や公的機関が抗がん剤の効果について解説しているページが出てきます。

 しかし、中には抗がん剤の危険性を強調するブログ記事やユーチューブ動画もたくさんあり、それらの主張は確かに説得力があります。

 SNSでも同じキーワードで検索してみます。すると、やはり多くの人たちが抗がん剤に警鐘を鳴らしているようです。

 医者の言いなりになるな。患者力をつけよ。抗がん剤は拒否せよ。

 探せば探すほど、そんな言葉が次々と見つかるのです。

 彼の中で、「抗がん剤は危険な薬だ」という考えは次第に強化され、数分もしないうちに、その考えは揺るぎない確信に変わりました。

 抗がん剤治療だけは何があっても絶対に受けまい。そう強く心に誓ったのです。

 ◆人は信じたいものを信じる

 何かを調べるとき、自分の考えや仮説を支持する情報ばかりを集めてしまう傾向は、誰しもあります。一方で、自分の考えに反する情報は、なかなか目に入りません。

 これが恐ろしいのは、自分を肯定してくれる声があまりに心地良いために、自説の誤りに気づかないまま、坂道を転がり落ちるように思考が偏っていくことです。

 こうした傾向を「確証バイアス」と呼ぶこともあります。

 こうしたバイアスは、時に患者さんを適切な治療から遠ざけてしまうことがあります。

 例えば前述のように、特定の薬やワクチンなどに強い忌避感を示してしまう。

 症状について調べる際、安心材料ばかり集めてしまい、受診が遅れてしまう。

 病気への不安を否定してくれる人ばかりに助言を求めてしまう。

 こうした事態は、どうしても起こり得るのです。

 医療に限らず、そもそもニュートラルに情報を集めること自体、実はかなり難しいものです。人はどうしても、見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じるからです。

 誰しも陥りがちなバイアスに自覚的であること。常に、意識的に中立であろうとすること。

 情報を集めるときは、こうした姿勢が最も大切です。

 なお、医療に関してインターネットで検索するときは、公的機関や学会からの情報を優先的に取り入れる。これが鉄則です。当然ながら、「個人の私見」より「専門家集団の総意」に当たる方が安全だからです。

 これについては、以前のコラム「医療について疑問を持ったら…学会サイト活用のすすめ」もご参照ください。

(了)

 山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医、ICD(感染管理医師)など。Yahoo!ニュース個人オーサー。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、開設3年で1000万PV超。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書に「医者と病院をうまく使い倒す34の心得」(KADOKAWA)、「がんと癌は違います 知っているようで知らない医学の言葉55 (幻冬舎)」など多数。

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