医学生のフィールド

医師確保の頼み綱「医学部地域枠」の実態
~若き医療の担い手への重すぎる責務とは?~ 医学生座談会 「医師不足について考える」(上)

 「医学部地域枠」とは、地域の医師偏在を解消するために各大学や各都道府県で設定されている医学部入試の選抜枠だ。2008年度から段階的に定員数を増やし、2020年度は医学部定員9,330人中1,679人と、約6人に1人にまで拡大している。地域医療を志す学生を後押しする制度として期待が高まる一方、長期間の地域への縛り付けという義務履行が人権侵害に当たるのではないかという指摘もある。

 医学連*中央執行委員会の有馬大樹さん(群馬大学医学部5年)、田村大地さん(信州大学医学部4年)、三浦雄一郎さん(香川大学医学部4年)と、医療制度の問題に詳しい本田宏医師によるオンライン座談会を開催し、地域枠問題の現状と制度のあり方について議論した。

上段が左から本田医師、司会、田村さん、下段が左から有馬さん、三浦さん

上段が左から本田医師、司会、田村さん、下段が左から有馬さん、三浦さん

 ◇「地域枠」による半強制的な地域への縛り付け

 有馬:地域枠の学生には多くの場合、高額な奨学金が貸与され、卒業後に指定された地域や診療科で一定の期間、医療に従事することで返還が免除されます。地域医療を目指す学生を支援する素晴らしい制度である一方、大学や都道府県によっては離脱を防ぐために学生や若い医師を強制的に地域に縛り付けようとする側面が強くなってきているという報告を受け、医学連ではこの問題にフォーカスし、活動しています。

 具体的には、入学後に契約内容を変更され、従事義務年限を延ばされる事例や、やむを得ない事情で離脱しなければいけなくなった場合でも奨学金に高い利子を付け、一括返済を求められる。場合によっては、それに加えて違約金を設定される事例など、事実上、離脱が難しくなるような条件が加わり、圧力がかけられています。最近では、大学・都道府県の同意なき離脱者については、採用した臨床研修病院の補助金を減額したり、専門研修を修了した場合にも専門医資格を認定しなかったりなど、新たな制裁が加えられています。

 地域枠制度が地域医療を守るための目的があるのは分かるのですが、法的な拘束力がない中で、個人の道義的責任のみで強制的に義務を遂行させられているとしたら、地域枠学生の医療への意欲を奪うことにもなり、その地域にとっても良い影響を与えるとは思えません。地域枠についてもっと議論し、学生にとっても医師にとっても地域にとってもベストな方法を考えていくべきではないかと思います。

有馬さん

有馬さん

 ◇「地域枠」について、よく理解せずに入学

 田村:ある大学で、離脱者に対して新たに違約金の設定が始まったという報告を受け、2019年度に全国の医学生を対象にアンケートを行いました。それによると、別の大学でも従事義務年限が無い契約で入学したにもかかわらず、入学後に実質9年間の勤務が必須との説明を受け、同意書へのサインを求められるという事例がありました。その他にも、地域枠制度に関する不安や不満の声が上がっていることが明らかになっています。私たちとしては、今のまま本質から外れた形で地域枠制度が進んでいくことは看過できないという思いから、地域枠制度における課題を提起し、四つの提言にまとめて、2021年11月に厚生労働省に意見書を提出しました。提言を紹介します。

 1.「地域枠の離脱に対し、ペナルティーを科すよりも、その人らしい生き方の尊重を」

 学生を支援する目的の地域枠制度が不当な違約金を設定したり、専門医資格を取得させなかったり、離脱者を防ぐために制裁を与える方向に向かっています。地域枠の学生は入学時に、卒業後その地域で働く意思を確約させられているとは思うのですが、大学6年間とその後9年間、トータル15年間の中ではさまざまな経験をし、感じることもあり、将来の方向性を決めていきます。入学時に将来を予測することはできません。それを入学前のたった一度の契約で、15年もの長い期間、一人の人間の自由を制限するのには限度があると思われます。私たちとしては、現在のペナルティー重視の政策が進められていることを非常に危惧し、それに代わる、その人らしい生き方を尊重できる柔軟な制度設計を求めます。

 2.「学生・若い医師を含め、さまざまな意見を取り入れ、安心して地域医療を行える環境整備を」

 アンケートの中で、求められている支援として金銭的優遇、生活環境、研修体制、社会福祉制度、労働環境が上位に上がりました。 現状では制度をつくる側の体制として、学生や地域で働く医師、当事者の声が十分に取り入れられているとは思えません。当事者からの不安や必要な支援を聞き取り、反映させていく必要があると思います。

 3.「制度に関する十分な説明と共に、いつでも相談できる体制の強化を」

 調査によると、入学前に大学、高校、都道府県からの地域枠制度に関して十分な説明があったと回答した学生は半数に届きませんでした。入学前に医療制度の中での立ち位置や役割、その後の自分の人生に与える影響までよく理解できていないまま契約を結び、その後、契約内容を一切見直す機会が与えられないというのが現状です。受験の際に説明を明確に行い、一方的ではなく相談できる窓口をつくり、一人一人の学生に丁寧に向き合うことを求めます。

 4.「地域医療に関する実践的な学びの保障を」

 アンケート調査では、在学中に大学病院だけでなく、地域の病院や診療所での実習を求める声が多くありました。6年間の学生生活の間に、「この地域で働いてみたい」という将来へのモチベーションを高めるための学びの機会をつくる必要があると思っています。ペナルティーよりも学生が「学びたい」「働きたい」という気持ちを高めることが何より重要です。地域医療に関する学びの場には幅広い世代の医師に参加してもらい、共に豊かな地域医療のあり方を考え、協働することで働くイメージが付きやすくなると思います。

本田医師

本田医師

 ◇地域枠学生の多様な人生選択と持続可能な地域医療を実現するには

 三浦:アンケートの取りまとめをしていて、地域枠の学生には、受験の時には医療という世界が全くイメージできていない中、すがる思いで受験し、いざ入ってみると契約内容の変更が学生への承認を取らずに行われたり、学年が上がる中で自分が専門医取得などのキャリアプラン面での制約や、結婚といったライフイベントに対する制約に直面したりして苦しんでいる人が一定数いるというのが実感です。地域枠を今後も続けていくとしたら、医学連内部では、例えば都道府県の間で移動を可能にするというように、進路の選択の幅を広げ、柔軟性のある制度にできないかという意見が出ています。地域医療の問題を地域枠の医学生だけに背負わせることへの危険性も含め、社会全体でどのように共有するか、地域枠学生の多様な人生選択と持続可能な地域医療を実現する開かれた議論を呼び掛けています。

 本田:私は弘前大学卒業です。その関係で弘前大学の社会医学講座から講演の依頼があり、そこで医療制度について講義しているのですが、弘前大学以外の医学生は医師不足や医療費抑制の問題を大学で学ぶことなく卒業すると思います。そして教官も、その知識が乏しいというのが非常に悩ましいところです。7、8年前、弘前大学で講義後に、地域枠で入った学生さんから相談を受けたことがあります。地域枠の学生さんたちは当時から将来の進路について悩みを抱えていたようです。先日、東北地方の大学の先生と地域枠についてお話をした時にも約束を途中で破るのは問題だということをおっしゃっていました。医療の世界は狭いので、その中で医学生は非常に弱い立場にあり、不安や疑問があっても声を上げにくく、実名で自分の大学に対する批判が言い出せないというのが現状です。(了)

*全日本医学生自治会連合の略称。全国26大学の医学部自治会が加盟し、医学生のさまざまな要望を実現する団体として活動。毎年、厚生労働省・文部科学省と交渉を行なっている。

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