抗精神病薬ブレクスピプラゾール(商品名レキサルティ)は、「統合失調症」「うつ病・うつ状態(既存治療で十分な効果が認められない場合に限る)」の適応症に続き、9月に国内初となる「アルツハイマー型認知症(AD)に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する、過活動又は攻撃的言動」の適応症が追加された。大塚製薬が10月7日に東京都で開いた記者会見で、医療法人社団至髙会たかせクリニック(東京都大田区)理事長の髙瀬義昌氏は、同薬の適応追加により「初期の段階から使用できるようになった」と述べた。また慶應義塾大学精神・神経科准教授の藤澤大介氏は、認知症の行動・心理症状に関する認知行動モデルに言及。「行動要因を理解することで、介護者の負担が軽減する」と説明した。(関連記事「ブレクスピプラゾール、認知症に伴う症状で国内初の効能を追加取得」「ブレクスピプラゾール、一貫して有効性あり」)

家族介護者にとっての最大の困り事は認知症の行動・心理症状

 認知症の社会的課題として、患者の約8割に出現する認知症の行動・心理症状が挙げられる(Aging Ment Health 2015; 19: 247-257)。具体的には抵抗、1人歩き、暴力・暴言、不安、焦燥感、幻覚、抑うつなどで、症状が進行すると患者の尊厳に加え家族の絆も失われることが指摘されている。さらに、現役世代では介護負担が増し、労働生産性の低下が懸念される。

 髙瀬氏のクリニックは機能強化型在宅療養支援診療所(連携型)で、老年精神医学に注力し認知症と類縁疾患などの高齢者認知症状・精神症状に対応している。

 認知症の行動・心理症状出現の要因には、自身の思いが伝わりにくいことによるストレスや孤独、不安、抑うつ状態、周囲へのいら立ち、体調不良による不快感など、さまざまな要因があるという(1)。

1. 認知症の行動・心理症状出現の要因

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 一方、中等度~重度認知症患者の家族介護者にとって最大の困り事が、行動・心理症状であることが示されている(公益社団法人認知症の人と家族の会:中等度・重度認知症の人の在宅生活継続に関する調査研究事業報告書. 2023)。介護中、5年以内の看取りあり、5年以上前の看取りありのいずれのグループでも、行動・心理症状が困るとする割合が約70%と最も高かった。

投与10週後の行動・心理症状スコアが有意に改善

 髙瀬氏は、認知症治療に必要なのはまず服薬できる環境づくりで、ケアが8割、薬物療法は2割以下とする基本を挙げた。また患者のありのままを支えつつ、逸脱した暴力や1人歩きなどの症状には適切なアプローチが必要だと述べた。

 従来、認知症患者の行動・心理症状には抗精神病薬が適応外処方されてきた。しかし、行動・心理症状が激しい患者には高用量を用いざるをえず、鎮静が著しいなどの問題があった。今回のブレクスピプラゾールの追加承認により、同氏は「適応症を取得したことで、初期の段階からブレクスピプラゾールの投与が可能になった」と述べた。また適応症取得に伴い、現行の『高齢者の医薬品適正使用の指針』(厚生労働省)を改訂する必要があるとの認識を示した。

 今回、追加承認されたブレクスピプラゾールのADに伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する過活動または攻撃的言動について、国内第Ⅱ/Ⅲ相プラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験(RCT)の成績が紹介された。投与10週後における主要評価項目とした認知症の行動・心理症状の評価尺度であるCohen-Mansfield Agitation Inventory(CMAI)は、プラセボ群に比べブレクスピプラゾール1mg群および同2mg群のいずれも合計スコアの平均変化量が有意に大きかった(順にP<0.05、P<0.001)。CMAIの内訳を見ると、F1(攻撃行動:身体・言語)およびF3(非攻撃行動:言語)はブレクスピプラゾール1mg群、同2mg群で、F2(非攻撃行動:身体)については同2mg群で有意差が認められた。

認知症の行動・心理症状の背景因子への理解を

 今年1月、認知症の人の尊厳保持や共生社会の実現などを目的に、認知症基本法が施行された。しかし認知症患者は認知・身体機能低下に戸惑いや不安、怒りなどの気持ちを抱く。一方、家族介護者は介護負担が増えて生活スタイルの変更を余儀なくされる、人との交流が減り生活が狭まることから疲労感や不安感を抱いたり希望の喪失を感じたりするなど双方に悪影響が及ぶ。

 近年、認知症の家族介護者に対する認知行動療法が登場し、藤澤氏らは開発した同療法プログラムのRCT結果を報告している(Psychogeriatrics 2021; 21: 134-136Psychogeriatrics 2023; 23: 141-156)。プログラムは①知識の向上、②認知症に配慮したコミュニケーション、③介護者のストレス・マネジメント―で構成される。

 同氏は「認知症患者の行動を変えることは難しいが、行動の背景因子や行動に対する介護者の反応は変えることができる」と述べ、一連の流れを紹介した。

 例えば夜中に家でうろうろして落ち着かない認知症患者の背景には、記憶障害や失見当識により夜中に覚醒した際、自分が何をしていて朝まで何時間あるのかを理解できず、戸惑ったり心細くなったりする状況がある(2)。背景因子に対する介護者の理解が深まると、電気を付けてお茶を入れてあげるなど患者の心細さに寄り添い、いたわるといった行動に変わる。同氏は「行動は患者の心の中から湧いてくるものであり、根本にあるものをケアすれば問題行動が治まる可能性がある」と述べた。

2. 認知症の行動・心理症状における認知行動モデル

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(図1~2ともに記者会見資料)

仮想現実は認知症教育に役立つ可能性

 さらに③は、物事の捉え方や行動を変えることで気持ちの落ち込みや不安を和らげるというもの。時間が取れない家族介護者には実施回数を減らしたプログラムによるグループ療法を地域包括センターで行ったり、訪問看護時に実践したりして心理教育を提供している。

 また、認知症ケア支援のための仮想現実(VR)であるFACE DUO(大塚製薬とジョリーグッドの共同事業)は、介護者と認知症患者の対応場面を再現でき、両者の目線を切り替えることで理解を深められる。藤澤氏は「VRの利用は 、認知症の方の立場に立った教育に役立つ可能性がある」と期待感を示した。

 以上を踏まえ、同氏は「介護者への支援は介護者のQOLに加え認知症患者のQOLも改善することにつながる」と強調。認知行動療法を習得することで、認知症患者の行動・心理症状を軽減できる可能性があると述べた。

(編集部・田上玲子)