医学部トップインタビュー
日本の医学教育をけん引
能動的チュートリアル教育の先駆け―岐阜大学医学部
岐阜大学医学部は、1944年に県立女子医学専門学校として発足して以来、地域医療の担い手を輩出してきた。最新の医学教育システムの開発や、人工知能(AI)の医療応用に関する研究など、地方にありながら全国をリードする取り組みが光る。2020年には名古屋大学と法人統合し、国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学として新たなスタートを切った。
中島茂医学部長
◇オンライン授業に切り替え、感染拡大予防策を強化
新型コロナウイルス感染症の流行拡大が全国の医療機関に与えた影響は計り知れない。岐阜大学医学部では、大学病院医師の感染を受け、4月の2週間、病院の閉鎖を余儀なくされた。
「外来を閉鎖、手術を控えたすべての患者さんには大学が費用を負担して、PCR検査とCT検査を行いました」と中島茂医学部長は話す。
病院が閉鎖されたことで、高学年で行う臨床実習が実施できなくなり、学生への影響も大きかった。他大学で学生間の感染が発生したことから、岐阜大学でも大都市から戻った学生は2週間の自宅待機とするなどの対応をとった。
「若年者は自覚症状が乏しいことが多い新型コロナウイルス感染症ですから、特に将来の医療を担う医学生は、自覚を持って行動してほしいと思います」
ゴールデンウイーク明けには、医学部の講義をオンラインで立ち上げることができ、6月第2週からは病院実習も再開した。
「国が緊急事態宣言を出す前から、岐阜県は独自に非常事態宣言を出していましたので、大学も早期に対応策を講じることができました。オンデマンドの講義のコンテンツが急速に整備できたというのは、これからの将来を見据えて、良かった点ですね」
岐阜大学医学部記念会館
◇地域枠の学生にも多様な選択肢を
岐阜県は長年、医師不足に悩まされてきた。人口10万人対医師数が全国平均の80%に満たず、全国でも4~5番目に少ない県という位置付けだった。
「2007年から地域枠が設定され、28人増えましたが、それでも現在、医師数は全国ワースト11位です」
こうした中で、「きちんとした医療人を育てて地域の医療基盤を支える」という医学部最大ミッションを遂行するために、地域枠で入学した学生へのキャリアアップを継続的にサポートしている。
「10年後に自分はどういう科を専攻したいかを、本人と本学医学部附属地域医療医学センターと県とで個別に話しあって、その人のキャリアアップをずっとサポートしていきます」
地域枠で入学した場合、離島やへき地に赴任するイメージを持つ人が多いが、実際はかなり違うという。
「地域の方々を支えていくのが地域医療ですから、必ずしもへき地に行くとは限りませんし、総合診療医にならなければいけないというわけでもありません。研修期間や県内の病院で勤務している間に余暇を使って大学院に入学する人もいます」
地域医療医学センターでは、現在、地域枠の卒業生と在校生、合計450人ほどをサポートしている。現在の勤務状況や本人の希望などをきめ細かくチェックして、お互いにとってベストな状態で働けるよう支援する。
◇文部科学省の「保健医療分野におけるAI研究開発加速に向けた人材養成産学協働プロジェクト」に採択
2020年4月に名古屋大学との法人統合によって、国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学医学部となった。入学試験、講義、研究などは大学間で連携しながら、それぞれの大学が個別に行う。
その成果の一つとして、20年6月に岐阜大学、名古屋大学、名古屋工業大学、名城大学が申請した『メディカルAI人材養成産学協働拠点』が文部科学省の「保健医療分野におけるAI研究開発加速に向けた人材養成産学協働プロジェクト」に採択された。年間1億円の補助金を5年間受給できるというもので、全国から12件が申請、採択された2件に入った。
『メディカルAI人材養成産学協働拠点』とは、30社ほどのAI関連企業の協力を得て、大学院生や若手医師が医療系AIのノウハウを基礎から実践まで幅広く無料で受講できるシステムである。
岐阜大学病院
◇能動的学習で全国をリード
1995年、国立大学医学部では最も早く能動的チュートリアル教育を導入した。講師が一方的に講義をする時間を減らし、自主的に学習する機会を設けた。例えば、「胸が痛い」などの症例に関する情報を、患者の基本情報や手掛かりとともに与え、グループで話し合い、自分たちの知識を総動員して、いかに対応するかを能動的に勉強していく。
「自分たちで頑張らなければいけないと思ったのでしょうか。導入1~2年目の学生の国家試験の合格率が100%でした」
その成果が注目され、全国の大学から担当者が見学に来た。現在ではチュートリアル教育をはじめとした能動的学習(アクティブラーニング)を導入する大学も多い。
その取り組みがさらに発展して、全国の共同利用拠点として、医学教育開発研究センター(MEDC)を創設した。
「チュートリアル教育などを先導して、教育への新しい風を入れたということで、文科省から補助金をいただきました。医学教育セミナーとワークショップ、教務実務研修を開催するなど、医学・医療者教育に携わる教職員への啓発活動を続けています」
岐阜大学医学部はカリキュラムを全面的にチュートリアルに変え、コロナ禍においても、マイクロソフト社のTeamsを活用し、学生に討論する機会を持たせているという。
中島医学部長
◇生化学の基礎研究に没頭
中島医学部長は、もともと臨床に携わるつもりはほとんどなく、研究者を目指して医学部に入学した。大学の休みを使って、すべての基礎系の研究室で学ぶ熱心な学生だった。
選んだ分野は生化学。実際に携わってみて、面白く、自分に合っていると思ったという。ワシントン大学に2年間留学し、研究活動に没頭した。
「研究テーマは、細胞のシグナル伝達について。細胞が外から刺激を受けたときに、脂質からいろんな細胞の働きを調節する分子が出てくるのですが、その中で一つ、アポトーシスに関連する分子があることを見いだしました」
研究の成果が、がんを起こすRAS遺伝子を標的とするがん治療薬の開発につながることも期待されている。
◇AI時代に人間に求められることは?
今後の医療の展開を考えたとき、最も医療に変革をもたらす可能性があるのが人工知能(AI)の活用だ。
「レントゲンやCT画像の読影は、人間よりも、きちんとトレーニングをしたAIのほうが確実にできます」と中島医学部長は話す。
さらに、治療も一人ひとりのバックグラウンドに応じた個別化(プレシジョンメディスン)への対応が求められる時代になりつつある。
「体質に関連する遺伝子の解析が1人10万円以下でできる時代になってきました。診断と治療薬の選択くらいまでをAIがやってくれる時代が来る。では、人間である医療者は何をするのか。やはりきちんとコミュニケーションを取ることが、人間ができる最後のとりでではないかと思うのです」
(ジャーナリスト・中山あゆみ)
【岐阜大学医学部 沿革】
1944年 岐阜県立女子医学専門学校開設
47年 岐阜県立医科大学設置認可、同予科開設
49年 岐阜医工科大学を開設
50年 岐阜県立医科大学医学部(旧制)開設
64年 国立岐阜大学に移管し、岐阜大学医学部となる
2001年 医学教育開発研究センター(MEDC)設置
04年 医学研究科・医学部および医学部付属病院が柳戸地区に移転・開院
07年 地域医療医学センター設置
08年 医学科定員が90人となる
15年 医学科定員が110人となる
20年 大学院医学系研究科に「医療者教育学専攻」(修士課程)設置
(2021/02/09 05:00)
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