特集

脳出血を起こしたA子さんの急性期リハビリ
〜ある患者と家族の体験を通して〜 執筆業、元「厚生福祉」編集長 東条 正美


 ◇一時は「最悪の事態」を覚悟

 ここでA子さんのリハビリを振り返ってみたい。まずA子さんが発病してから職場復帰を果たすまでの経緯をまとめると、表2のようになる。A子さんは18年2月中旬からY大学病院とRリハビリ病院でリハビリを受けたが、その期間は合わせて約150日に及んだ。R病院を退院した後は、それまで1人暮らしをしていた都内のマンションから都近郊のKさん宅に生活拠点を移し、Kさん宅の近隣の病院や市の施設でリハビリに励んだ。

 現在、A子さんの身体機能はかなり回復したものの、激しい運動は控えている。言葉がスムーズに出てこないことがあるので、込み入った話や交渉などは苦手だ。A子さんは18年に身体障害者手帳4級に認定された。

 それでも1人で電車やバスに乗って出掛けることができるし、軽いジョギングなどは可能だ。相手の話す内容も次第に理解できるようになり、パソコンも少しずつだが使えるようになった。

 Rリハビリ病院を退院してからしばらくして、脳出血の再発リスクを低下させるためのバイパス手術を受けた。こうした経緯を経て、19年9月に職場に復帰した。

 A子さんのリハビリの流れを見ると、Y大学病院でのリハビリが急性期リハビリに、Rリハビリ病院でのリハビリが回復期リハビリに、それぞれ相当する。自宅に戻ってからのリハビリは維持期のリハビリとなる。A子さんは急性期、回復期、維持期のすべてを経験したわけだが、既述のように、この3段階を経るのは少数派だ。

 今回は、このうちKさんの話を基に、Y大学病院での急性期リハビリの模様を振り返ってみる。手術前後にまでさかのぼると、A子さんの執刀に当たった医師は、手術前に「身体や言語能力に後遺症が残るが、リハビリによって一定の改善は期待できる」と説明する一方で、「寝たきりには絶対にならないとは言えない」と最悪の事態にも触れた。

 Kさんと共に担当医の話を聞いていた妻は気分が悪くなって、別室で寝込んでしまった。手術後も同様の説明があったが、Kさん夫妻は、リハビリで回復するとしてもどの程度なのだろうかという不安で頭がいっぱいだった。

 手術後数日間はHCU(高度治療室)に入室したが、HCUでは「リハビリに励めば、車椅子やつえを使って動くことができるようになるかもしれない」と話す看護師もいた。Kさんはこの言葉を「普通に歩ける可能性は低いということか。寝たきりは最悪の事態どころか、十分あり得ることなのだ」と受け止めた。ベッドでぐったりしているA子さんの姿を見るとその思いが強くなったが、その看護師に質問することはなかった。質問する勇気もなかった。

 Kさんは最悪の事態を想定し、手術から2日目には介護の勉強をしようと考え、民間の介護スクールに出向き、パンフレットをもらったり、話を聞いたりした。街を歩くと、車椅子に乗った人やつえを突く人に出会うことがいつもより多い気がした。


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