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病気を診ずして病人を診よ
~社会的な視野を持った医師を育てる―東京慈恵会医科大学~

 東京慈恵会医科大学は、脚気(かっけ)の研究者として歴史に名を残す高木兼寛氏が1881年に開設した成医会講習所を前身としている。ドイツ医学を中心に発展してきた日本の近代医学の中で、英国医学に源流を持つ数少ない大学の一つだ。建学の精神である「病気を診ずして病人を診よ」は、あまりにも有名。松藤千弥学長は「この言葉は非常に強い言葉で、創設以来、140年間ずっとこの考えでやっていますが、まったく古くなることがありません。私たちの最終的な目的は病気を治すだけではなく、病気を持った患者さんの苦しみをなくすこと。医学的力量だけでなく、人間的力量も兼ね備えた医師を育てていきたい」と話す。

松藤千弥学長

松藤千弥学長

 ◇建学の精神が隅々まで浸透

 「建学の精神が学内にこれだけ共有されている大学は、なかなか無いのではないかと思います」と松藤学長。日本医学教育評価機構(JACME)の医学教育分野別評価でも、教職員や学生がみんな建学の精神を即答することが評価されたという。大学の清掃員や病院の売店で働く人までが言えるのだそうだ。

 創始者の高木氏は、ロンドンのセント・トーマス病院医学校(現在、キングス・カレッジ・ロンドンに併合)に留学した際、医師が患者のそばに寄り添い、家族の問題や社会的な側面にも目を向けて行う全人的な医療に深く感動したと伝えられている。その精神が先輩から後輩へと引き継がれ、今日に至るまで教育、研究、臨床のすべてにおいて生かされているのだという。

1885年に学祖・高木兼寛氏により始められた「成医会文庫」を起源とする学術情報センター

1885年に学祖・高木兼寛氏により始められた「成医会文庫」を起源とする学術情報センター

 ◇実習に重点を置いたカリキュラムを先取り

 早くからカリキュラム改革に取り組み、実習に重点を置いた6年一貫の統合カリキュラムを1996年に導入している。医学教育分野別評価がトライアルとして始まったのが2013年、JACMEによる正式実施は17年。それより20年近くも先取りしていた形だ。

 「臨床実習は最初の1年間は、ほぼすべての診療科を1~2週間ずつローテーションしますが、その程度の実習期間だと自分で患者さんを受け持つことができないので見学が中心になります。2年目に一つの診療科に4週間配属される診療参加型臨床実習(クリニカルクラークシップ)が10カ月組み込まれ、新橋の附属病院以外の3病院、関連病院、地域の基幹病院をはじめ、希望すれば海外の協定校で実習することも可能です。こうして診療参加を段階的に深めていく臨床実習を合計2年間行います」

 本格的な臨床実習に先駆けて、1年生から学外の体験実習の機会も設けている。福祉体験実習、重症心身障害児療育体験実習、地域子育て支援体験実習、在宅ケア実習、病院業務実習、高齢者医療体験実習などを1週間ずつ行うプログラムを25年以上前から導入している。

 ◇臨床研究者の育成を推進

 カリキュラム改革に早くから取り組んできた実績が評価され、03年以降、文部科学省の教育補助金をほぼ切れ目なく獲得してきた。特に07年の「プライマリケア現場の臨床研究者の育成」(医療人GP)、13年の「卒前から生涯学習に亘る総合診療能力開発 − 地域における臨床研究の推進を目指して」(未来医療研究人材養成拠点形成事業)を受け、総合医科学研究センター・臨床疫学研究部の松島雅人教授が中心となって地域医療の第一線で活躍する医師や、それを目指す若い医師が臨床研究のノウハウを身に付けて、現場で研究に取り組めるようにするプロジェクトが進んでいる。EBM、疫学、生物統計学、家庭医療学などの各分野を遠隔教育で2年間にわたって学ぶことができる。

122台のコンピューターが設置されている大学1号館4階講堂

122台のコンピューターが設置されている大学1号館4階講堂

 ◇初期研修で地域医療に2カ月を必修化

 初期研修の間に、地方(新潟県、福島県、宮崎県など)の地域医療を2カ月間、経験することを必修化している。大学で先端医学を学ぶほか、関連病院との交換プログラムで地域の基幹病院でプライマリケアを学ぶこともできる。

 「臨床研修指導医が後輩を指導するのに、かなり熱意を持って取り組んでくれています。『こういう研修医指導をしたいから、こういう施設や研修プログラムが必要』などの提案が次々と出されて議論が終わりません。とにかく教育熱心なんですよ。そのほか、若手の医師たちがメンター制度を作って、2年間の研修期間ずっと面倒を見るという制度もあって、とてもうまくいっています」

 ◇独自の面接で学生の素質を見抜く

 全人的な医療ができる素質を持った学生に入学してもらいたいため、入学試験は面接と小論文から成る二次試験を重視している。MMI(multiple mini interview)という対話形式の面接を導入、6人の面接官がそれぞれ異なる課題を受験生に課して1対1で7分程度のインタビューを行う。例えば、医師の社会的責任や、医師の果たすべき役割はといったベーシックな質問から、グラフを見せて解釈を求める、絵画を見せて状況を説明する―など、回答が一つに決まらないような課題に対し、さまざまな評価軸で多面的に学生の能力を見極める。

 「試験会場に行く途中で犬がタクシーにはねられているのを見たら、あなたはどうしますか」という質問が設定された年もある。

 ◇研究と臨床のはざまで悩み、研究者の道へ

 松藤学長は、3人兄弟の長男として東京で生まれた。親が医師というわけでもなかったが、物心ついた頃から「医師になりたい」と思っていたという。

 高校と大学ではバレーボール部に所属し、文武両道の学生生活を送った。170センチとバレー選手としては低身長ながら、ウイングスパイカーとして活躍。東日本医科学生総合体育大会で優勝したこともある。
 当初は臨床医を目指して東京慈恵会医科大学に入学した。しかし、臨床医学よりも先に学んだ基礎医学の面白さに魅せられ、学生時代から分子生物学講座の前身である栄養学教室の研究室に出入りし、研究にのめり込んだ。

 「内科か小児科の臨床医にもなりたくて、どっちもやりたかった。私以外のクラスメートはほとんど臨床に行ったので、最後は一人くらい基礎に行くのもいいかなと。そのとき、すごく悩んだことはよく覚えています」

 大学院時代に助手として取り組んでいた研究成果がユタ大学の人類遺伝学の教授の目にとまり、同大学に留学。帰国後は、さらに研究に取り組む一方で、大学のカリキュラム改革を推進、当時としては先進的だった実習重視の内容で一定の評価も得た。学長に就任して9年。研究者としての立場から、研究部門の充実にも力を入れている。

 「医療は目の前にいる人の苦しみを直接取ってあげられるかもしれませんが、病気の治療や予防法を開発すると、世界中の今いる人だけでなく、未来の人たちも救える。そういう意味で『病気を診ずして病人を診よ』のもう一つの形として研究も大切にしていきたいと思います」

インタビューに答える松藤学長

インタビューに答える松藤学長

 ◇コロナで学生のモチベーションが向上

 他大学と同様、授業のオンライン対応、臨床実習の相次ぐ中止など、コロナ禍によって学生の学習機会は著しく制限されてきた。

 「意外なことに、学生たちのモチベーションが上がって、部活動が中止になって、空いた時間に自主的にどんどん勉強するようになったんです。寝ないで勉強し過ぎて親が心配するという話も聞きました。1~2年生から研究室で研究に参加する学生も増えました」

 コロナで医療者が頑張る様子や、ワクチンや治療薬の開発など、医療や医学研究に対する社会からの期待が非常に高まっていることが学生のやる気につながった。

 「実習が十分にできなかった分、現場での経験不足は卒業後に影響が出る可能性はあります。それでも、国家試験の成績も良かったし、学内試験の成績は今までよりもずっと良い。コロナで自分たちが期待されている、自分たちがやれば、それだけ社会貢献ができるということを深く感じたからだと思います」

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