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「私の歩いている道」 小澤一史 日本医科大医学部長

 吉村教授は内分泌学形態学研究の第一人者で、特に下垂体の機能形態学の第一人者でした。ホルモンに興味があった私は、病理学者になるという「夢」をすっかり忘れて、内分泌形態学研究の面白さに没頭するようになり、臨床実習が始まる頃には、卒業したら解剖学を専攻し、内分泌機能形態学を学ぼうと決心し始めていました。そして臨床実習の時には「人生における臨床経験の貴重な機会」と考えながら実習を行っていました。

 結局、大学卒業後、吉村教授の主宰する母校の解剖学教室に助手として入室。解剖学者としての人生をスタートさせました。

 吉村教授の下で、内分泌機能形態学を学ぶ上で必要な基本的な研究技法を学びました。ただ、2年後に吉村教授が定年になるので、その機会に一度母校という温室から離れて外の世界で修行する機会を探っていた私は、内分泌機能形態学の分野では吉村教授のライバルとして、常に互いに切磋琢磨(せっさたくま)していた群馬大内分泌研究所(現生体調節研究所)の黒住一昌教授(故人)の下で学びたいと吉村教授に話しました。

パリ留学時
 自分のライバルのところへ弟子が行きたいというのですから、私は「破門だ」と言われることを覚悟していました。さすがに吉村教授は「えっ!」と言って絶句されましたが、しばらくして「分かった。だったら自分が推薦書を書く」とおっしゃり、丁重な推薦書を黒住教授に送ってくださいました。

 この時、学問の世界の真のライバル関係とはこういうものなのかと大きな感銘を感じました。吉村教授の意を受けて、黒住教授も快く私を迎え入れてくださいました。黒住教授は免疫電子顕微鏡の大家で、私は黒住教授からその極意を深く学び、大学院、助手として8年の歳月をこの研究室で過ごしました。

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