ヒポクラテスたちへDr.純子のメディカルサロン

「私の歩いている道」 小澤一史 日本医科大医学部長

 私の研究者の土台は、群大時代に培ったと思っています。また当時、内分泌研究所には薬学、理学、農学など、医学以外の領域からの研究者が多数おり、これらの研究者と毎日一緒に議論できたことは、私の視野を大きく広げてくれたと思っています。

 群大時代の最後の2年間は、パリにあるフランス国立科学研究所の神経内分泌学研究室に留学しました。Tixier-Vidal、Tougard両教授の指導の下、分泌顆粒(かりゅう)の形成メカニズム、脳におけるホルモン分泌制御機構を学び、充実した時間を過ごしました。

 「エリートたれ、エリートとはいざという時にわが身を捨てて、人々、社会に尽くす人のことである」という両先生の教えは印象深く、今でも大切にしています。

パリ留学時、電子顕微鏡の前で恩師のClaude Tougard教授と
 帰国後、今度は河田光博教授が主宰する京都府立医科大の解剖学教室に講師(後に助教授)として迎えられました。当時42歳の新進気鋭の河田教授のもとで、私は35歳でしたが、以後10年間にわたり、「脳とホルモン」をテーマに研究を重ねました。

 下垂体の研究から始まった神経内分泌学を、脳を通して考えるという、以前から抱いていた方向性の学びを実践した10年間であり、河田教授という豊かな人間性と深い教養を持った恩師とともに、研究者として重要な30代後半から40代前半にかけて学べたことは望外の喜びであり、今も財産であると思っています。

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